第二話 ネオエクストリーム缶蹴りデラックスⅠ

「ところで、あきら


 新一しんいちが神妙な面持ちで俺を見つめてきた。


「何で、ずっと前屈みなんだ?」


「頼むから、それは放っておいてくれ。……で、缶蹴りだって? この隠れる場所もない、だだっ広いところで?」


 とても成立するとは思えない。ただの鬼ごっこになってしまうだろう。


「ねー、そもそも缶蹴りってどういう遊びなの? あたし、やったことないんだけど?」


 香苗かなえが口元に人差し指を当てて首を傾げる。


「ハッ、バカかよ。テメェは缶蹴りも知らねぇのか?」


 省吾しょうごが鼻で笑い飛ばした。


「何さ! じゃあ省吾は知ってるわけ? 教えてよ!」


「あー、缶蹴りってのはなぁ……缶を蹴って遊ぶサッカーみたいな遊びだ! な、暁!」


 おまえも詳しくは知らないんじゃねぇか。あと俺に同意を求めてくるな。


 しかし、それは無理もない話だ。俺を含め、こいつらは友達と外遊びなんて殆どしたことがない精鋭ぼっち達なのだから。


 かく言う俺も、実際に缶蹴りをして遊んだことはない。何年か前に、普通の子供はどういった遊びをしているんだろうとネットで調べたことがある。そのときに得た知識だ。


「なーに、普通の缶蹴りの知識なんて不要さ。今回やるのはネオエクストリーム缶蹴りデラックスだからな!」


 新一が不敵に笑いながら、ママチャリのカゴから一つの空き缶を取り出した。一見すると、なんの変哲もない普通の缶に見えるが……。


「……エクストリーム缶蹴り?」


「違う! ネオエクストリーム缶蹴りデラックスだっ!」


 新一が俺の言葉を訂正する。

 そんなに重要なのか、その名前は。


「で、そのネオエクなんちゃらってのはどういう遊びなんだよ?」


 四文字以上の単語を覚えられない省吾が適当に略してしまう。新一はそれが気に入らなかったらしく、大げさに頭を抱えながら絶叫した。


「おまえら、ちゃんと覚えろよっ! ネオエクストリーム缶蹴りデラックスだっつってんだろ!? 俺がこの名前を考えるのに何時間かけたと思ってんだよっ!!」


「……何時間かけたの?」


 引き気味な表情を浮かべた香苗の質問に、新一は何故か誇らしげな顔で答えた。


「ふっ、聞いて驚け。……五時間だ!」


 バカだ。


「新一の苦労は分かったから、いい加減ネオエクストリーム缶蹴りデラックスとやらの遊び方を教えてくれ」


 このままでは一向に話が進まないので、俺が仕切り直す。


「……すまん。実はだな、名前を考えるのに時間をかけすぎて内容まで考えてなかったんだ」


「バカだ」

「バカかよ」

「バカじゃん」


 三人からバカ認定を受ける新一。だが、三人にバカ呼ばわりされてもなおコイツは涼しげな顔をしていた。


「ああ、その通りだ! 確かに俺はバカさ! でもな、いつも俺ばかり遊びを考えるのもつまらないだろ? たまにはみんなで考えてみてもいいんじゃないか? 遊びってのは、内容を考えるところから始まってるんだぜ?」


 たしかに俺たちは、いつも新一が考えた遊びをしているだけだった。なので、それも一理あるかと納得する。


「本当は、考えるのが面倒くさくなっただけなんじゃねぇか?」


 省吾の言葉に、新一は「それは違う」と首を横に振った。


「これは遊びであるとともに、おまえたちがいずれ社会復帰するためのトレーニングでもある。このさき学校に行くにせよ行かないにせよ、いずれは社会に出て働くことになるだろう?」


 ……まあ、あまりその現実に目を向けたくはないが、生きるためにはいずれはそうなるのだろう。


「ケッ、考えたくもねぇな。そんなこと」


 省吾が唾を吐き捨てる。


「そう! まさにそれだっ! おまえたち……特に省吾、おまえだ。もう少し考えることをしろ! いつもいつも俺にばかり遊びを考えさせやがって! おまえは俺の苦労を少しは分かりやがれ!」


「おい、ちょっと待てや! やっぱり面倒くさくなっただけじゃねぇかっ!?」


「はあ。……部長ぉー、後半本音ダダ漏れじゃん」


 省吾が突っ込みを入れて、香苗は呆れたようにため息を吐いた。


「おっと、こいつはうっかりしてたぜ」


 ……違う、断じてウッカリなんかじゃない。あれは軌道修正をしたんだ。あのままだとただの説教になってしまい、場合によっては省吾と喧嘩にまで発展してしまう可能性があった。


 新一と出会って間もないころ、あいつは俺たちみたいな連中を集めて何がしたいのか問いかけたことがある。


 過去に新一も不登校だったことがあり、そのとき同じような活動をしていた人間に救われたことがあったらしい。だから、自分もそうしたいのだと照れ臭そうに笑いながら語していたのを覚えている。


 新一は善意から俺たちを集めて、いずれは自分と同じように社会復帰できるように手伝いたいと考えているのだろう。


 誰かを救いたいという気持ち。それは少しだけ一方的で傲慢なようにも思えるが、俺は嫌いじゃない。何故なら、俺自身も少なからずこの部活に心を救われているところがあるのは事実だからだ。


 もしも新一と出会わず、あのまま家に一人きりだったら俺はどうなっていただろうか。きっと家に引きこもったまま高校も休学せず、中退していたかもしれない。


「ほらよ、暁。おまえも一緒にネオエクストリーム缶蹴りデラックスについて考えようぜ!」


 新一がニッと笑いながら、手に持っていた空き缶を手渡してくる。それから、俺にだけ聞こえるように小声で言葉を続けた。


「……さっきはああ言ったが、おまえは逆だな。考えすぎるなよ」


「……ああ、分かってる」


 おそらく、俺が新一の軌道修正に気がついたことに勘付いているのだろう。「そんな余計なことは考えずに、おまえはボケに対して突っ込みを入れていればいい」と、そう言われたような気がした。


 新一は、本当に他人のことをよく見ていると感心するばかりだった。

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