声
クーリンのみが居た。蹲っていた。大きく抉られた地面の底で空中に舞っていた粉塵やら灰やらを深雪の夜をじっと堪えたかの様に身体中に積もらせていた。日も暮れて今日は新月だったらしく月も星も無く灯りといえば未だに地中で燻る炎の残滓ぐらいなもの。クーリンの体がぼんやりと闇の中で熱された石炭の様に照らされていた。
静かな世界にカチャリと鎧が擦れる音が響く—— 。
「なぁ、うちの魔法使いを知らないか?」
鋼の胸当てに直刃の短剣を携えた男がいつのまにやらクーリンの隣に立っていた。裏腹に激戦から抜け出た様に至る所が傷だらけの装備—— 革靴は擦れて切られて芯材の鋼が顔を出し、最低限の要所のみに巻かれたその他の防具も焦げ付きや変色で元々の色がわからない状態。人に尋ねる最低限の礼儀として男の琥珀色の目は緩めてはいるものの辺りを彩った色合いを映す事も無く、どこか『信じる』という感覚が欠落しているかの様に冷たい印象をもたらしていた。
「ここにいるよ」
ぽつり、クーリンは自身を抱く両腕に力をぎゅっと込める。農夫の倅でしかないクーリンが当然出会った事も無いはずの男、怪しい雰囲気を醸しているのに妙に懐かしく何故だかどうしても警戒心を抱けずに思いついたままの言葉を口から出した。
背筋にひんやりした汗が流れた様な気がした。何も知らない男に、こんな答えは変に思うだろう。薄ぼんやりな脳内にふとよぎった。が、すぐさま気怠い気持ちが勝ったようで「どうでもいいか」と反射的に強張った体は脱力した。
不意にクーリンの髪がふん掴まれて喉仏が無理に突っ張った。大地に落とされた瞳がふいに空を仰ぎ、割って入った無遠慮な男の瞳の琥珀色。瞳孔は開ききって南中に座した太陽みたいだ。為されるが侭に少年は首の痛みを受け入れた。
—— 笑い声が漏れる。
クーリンの口からこぼれた息切れの様な微かな洞窟の様な笑い。男の瞳にふと憐れみに似た色が見え、瞳孔が満月を浴びた潮の如く緩み、クーリンの首を突っぱなす様に弾く。男は面倒そうに自身の頭を掻いて、辺りを見渡しながら言う。
「サナウの着ていた服はどこにあるんだ? 」
首を振って返したクーリンに端目に男は目ざとく見つけた様で積もった灰の中に手を突っ込む。引き上げたサナウの装備一式からマントと眼帯をハタつかせてクーリンに投げ渡す。
「右目は隠しときな」
言われるが侭に少年は放られた衣装を身につける。座ってマントを羽織るものだから地面がかき混ぜられて吹雪が吹き出し残っていた部分まで真っ白に塗りつぶされる。
——微かな声が聞こえた。
少年は聞こえた場所に手を突っ込み、声を発したモノを掬う。どうでも良いと凪いだ心に綿毛の様なふんわりした赤い羽根が触れる。どうにも形容し難いほどの感情が込み上がるのをクーリンは感じた。一つの思いが胸から流れる様に腕へ手へと移ろい、心が力へと変換し指に力が込もった。が不安定な様で力はまた戻って涙となって地へすいこまれていった。
戻ってきた男がまだすわりっぱなしの少年が抱く小鳥を訝しんで聞いた。
「なんだ、それ? 」
「………友達」
魔王からの贈り物 グシャガジ @tacts
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