月の民
魔王は勇者に倒されるのがおとぎ話の常套なあらすじ。魔王が勝つ物語なんて聞いた事が無い。こんなにも晴天、澄み渡った青空で魔王が勝利を浴びるなんてあり得ない。だから今、目の前に居る魔王も誰かこの物語の主人公が倒してくれる……… 。
——おとぎ話は所詮………
クーリンは歯をガチガチと震わせて何度も奮い立たせよう試みるも眼前の魔王の覇気に打ち砕かれていた。
復活早々エルドラドが創り出した炎の森を目の当たりにしてしまったから。木々のみならず土、岩、至るもの全てを以って太陽を喰らおうとする一大勢力を生み出したからだ。自身の快楽が形作った理不尽な暴力の世界をたった一つのペンダントを見ただけで容易く捨て去ったから——— 。
破棄された一勢力は我先に炎波の如く放射線に散る。クーリン、サナウ、そうして後方に座ったアンナをチリチリと舐めつけて去った。
「再三と問うてやる。お前が答えぬなら吾輩の全てを以って延々と聞く。お前はなんだ?」
「……… 」
「貴方がそこまで執着しているのか知らないけど、この子は単なる農夫の子でしかないわ」
笑うこともせず、乱杭歯を剥き出しにして凄む魔王とクーリンの動線を遮りサナウが前に出た。うねった長髪は土と血に塗れて一層と深い緑色。クーリンの顔にどろりと溶けて絡みつく。一層青白く光るサナウの右手が髪をかき分けてクーリンの頭を撫でるとサナウの声がクーリンの脳にまた聞こえ出す。恐怖のあまり釘付けになっていた心に多少なりとも隙間が出来ていく。
「吾輩はこいつと話している。お前はどうにも魔族としてどこか足りていないのだろう。『足らず』が吾輩に語り合おうなど烏滸がましいと思わんか?」
サナウも時折感情が無いかと思うほどの雰囲気を醸すが魔王の放つそれは歯が砕けるかと思うほどの極寒であった。反骨を示す如く首筋がピクリと動くサナウ、漣が引く如き静かな怒りが連結するクーリンの心をぞわりと撫でた。
「………父さんから貰ったんだ」
「農夫だったのだろう?お前の父は」
嘘、偽りは切り捨てると傲慢な瞳がクーリンを射抜く。手にあるペンダントを魔王から隠す。今にも奪い取らんと、それもいともたやすく、クーリン達は成すすべなく魔王はやってのけるだろうと。
「知らない。………知るもんか。だけど、父さんも爺さんから貰った。
爺さんはノルを捨てないといけなかった。その時も、これだけは守ってきたんだ。
これは僕たちの物なんだ」
魔力とは裏腹な世界を凍り付かせる魔王の視線がふと空に上がりまた戻る———
「………ノル? あぁ、我が君の僕だった者共……… だからか………愉快だと思えたのは………………」
一考に伏した魔王。すとーんと腰を落とした。満ち満ちた潮が瞬時に干からびていく様に激しく示していた怒気が凪いだ。あまりにも自由すぎる魔王にクーリンは窪みに取り残された魚の如く戸惑ってしまった。
「ここの奴らは皆月の民なのか? 」
まるでこの先の村について道すがら尋ねる旅人。穏やかな口ぶり、少年はついつい呆気なくこくりと頷いた。
沈黙………。サナウはそろりそろりと魔力を這わせ物思いに耽る魔王への戦線を縮める。魔王に触れるか否かまでの距離に赤い糸。
突如、暴風が席巻した。深淵に突き落とされていく重く空虚な笑いい声。
「………何故、お前達の元にサルマドーレが居た? 」
クーリンは尻餅を着いた。いや、つかざるを得なかった。魔王の声に便乗して世界がぐらついたからだ。それはクーリンの感情がという訳ではなかった。実際に地面が泥の溜まった川底並みに柔らかくなってしまっていたからだ。サナウも同じだ。冒険者の意地からか尻餅こそついては居ないが天幕を張る紐の様に自身の魔力を剥き出しになってしまった岩にくくりつけてかろうじて立っていた。
幾重と二人を襲う熱波。払ふ度に波打つ大地。魔王を中心に摺鉢状のまるで誰も逃さぬアリジゴク、巣を形成する土はキラキラと瞬き魔王の側へと如何なる物体をも献上しようと運ぶ。納めれば熱に当てられて溶岩となり、一つと成り、すべからず、曇りなく朱色に輝かせた。
「まずいわ。最悪を考えないといけないかも」
「最悪?」
サナウがクーリンを抱きかかえ、巣の縁まで逃れながら言った。巣は未だ未だ成長段階である様で徐々と二人を飲み込もうと膨らんでいく。
「ヤギ達にやったのと同じ事をすればいいだけよ」
「それが最悪なの?」
「まぁそこは考えなくていいわ」
逆光の中のサナウの顔、強調された隻眼の赤、色が飛んだ緑の髪、どこか浮世離れした潔さを醸した。サナウの声はクーリンの耳を凍り付かせる程に冷ややかだった。
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