守護

 東の空に逃れていく重たい雨雲達の残滓のせいか眼球がカビに侵食されていっている様なまだらにシミを残した空を物憂げに見つめる様に輝く真丸な月。月光は問いかける様に地に投げかけられ呼応する様に赤くテラつく元魔王の水たまり。側には朦々と雨水を空へ還す様に異様に繁った瓦礫の山から立ち昇る蒸気の壁に投影されるのは複数の人影。ズズゥ、カタ、鎧や剣やらと物々しい衣の擦れる音だけが影の主達から響く静寂。月光が照らすは見知った顔。武装したカリフの部下数名、古びたいつ作られたかもしれないオンボロでチグハグな革鎧に年季入った農具を携えたノルン村の農民が何人、その内にクリフトも交じる。元勇者であったガルタオも居る。彼は自身の身長ほどもある両手剣を抜き身で自分の持ち場であるのだろう、水たまりのほとりに突き立てて背もたれにして大層眠たそうに山犬の様な大きな欠伸をして老犬みたいな黄ばんでヤニの浮かぶ目を瞬かせ誰に言うでも無しに『さすがにこの歳になると辛いわなぁ』とボソリと呟き腰を伸ばす。もう一度大きな欠伸をかいて男は数歩先のクリフトへ眠気覚ましがてらに話しかけた。受け答えはするが元々無口な方であるクリフトとの会話は容易には進まず、ガルタオは再度訪れる眠気を払拭する様に月光を顔で受け止める様にボキボキと大きな伸びをした。


「アレをやってしまっても良かったのかい?」


 脈絡もない問いにクリフトから出るのは曖昧な言葉。


「箱だよ。冒険者の嬢ちゃんに渡していたじゃないか。こっちに来る時にクリフが大事そうに持っていたヤツだろ?」

「えぇ。まぁ」

「ま、どうでもいいがよぉ。 ……… 静かだよなぁ」


 ガルタオはまた大きな欠伸をして剣の柄に頭をもたげてぼんやりと遠くの方を何もないまま見ていると、眠たそうにうつろなガルタオの瞳がピクリと動いた。水たまりの反対、森の奥の草木が動く、風が吹いたでも無くその鬼火の様なゆらめきは収まりもせずにだんだんと水たまりに近づき、影が徐々に濃くなり何かが近づいて来ているのが判った。収縮した瞳孔でガルタオは見つめ、影の中に金属の煌めきを見つけ、鎧に刻まれた紋章が鈍く月光に浮かび上がる。


「………ノーラン殿!! 何か見つかりましたかな? 」


猜疑の目を緩ませて声をかけたガルタオに影は大きくかぶりを振ってみせる。水たまりに屯ろした兵士の一人が築き報告を受けようと影、ノーランと呼ばれたカリフの部下へと駆けていく。

 兵士の会話を盗み見ながらガルタオはまた面倒そうに欠伸を放ち『………暇よのう』と呟いていつのまにか雲も消えどこまでも伸びる空にしがみつく月を臨んだ。

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