昨日のおさらい

「昨日のおさらいから始めましょうか」


 背の低い草が見渡す限りに生えて草食動物が草を食む、所々に生えるこれまた背の低い木はまるで食後の休憩所を大地が提供する様に照った日を柔らかい影に変えていた。こんな牧歌な世界に立つ少女と少年、昨日から始めた講義を今日も始業させる。少女は昨日と同じ様に赤い糸みたいな魔力を少年に結びつけていく。

 少年は目不足からか目を瞬かせながら奇妙な球が浮かぶ赤い風景を思い描く。


「すごいじゃない!」


 口笛を吹きそうなほどに驚く少女。少女の赤い瞳には昨日の少年の事を思い描いていたのだろう、もっと手間取ると思っていたのだろうが、意図も容易く少年がやってのけた様に映る様に少女の口から感嘆の言葉が漏れた。

 少年は思い描いただけだった。昨日の通りにしようと想像しただけ、それなのに普段の視界にかぶさる様に赤い世界が見える。


「ごめんなさい」

「? あやまる事はないのよ?

 これは、次のステップのつもりだったの。

 こっちの方が昨日に比べて暴れる感覚もないんじゃない?」


 微笑むサナウに俯いたままの少年。サナウはどうしたものかと困った顔が浮かびあがりそうになるのを堪え、気を取り直し、少年へさらに次のステップへ。


「今日1日その視界を保ち続けてみましょう。

 君、筋が良いから出来るわよ」


 少年は恐る恐るおずおずと赤い世界をまた思い浮かべる。先ほどより容易に描かれ安定する赤い世界に戸惑いながら少年は小さな先生にこくりと頷いて見せた。


「今度は目に見えないモノを探知してみましょう。

 昨日、印付けてたヤギの魂を覚えている?」

「……なんとなく」

「じゃあ、その魂を思い描いてみて。

 想像できたら目の位置をだんだんと空へ浮かべていく感じを思い描いて」


 こくりと少年。これまた自信は無いが言われるままに。

——ふと、寝不足が所以か、ふたつの世界を見る目は奇妙に歪みだす。歪みは意識に伝播、ぐにゃあとなんとも言えない心地を少年は覚える。先生の言葉は遠くの旗の様に遠くなる。

 空へ、空へ、いつのまにか自分は鳥へ成り代わった様に、視界は開け、見渡す限りの草原は小さくなってゆく。ノルン村が、あの小山までも視界に入ってゆく。

——ふと、笑い声に似た感覚が過ぎる。朦朧とした少年の意識がそのトラウマに瞬時にハッキリとした。と、同時に昨日のヤギの魂の感覚が上書いた。


「……多分、小山の森…………」

「すごいわね。あんな遠くまで追えたの?

 やっぱり君、才能あるよ」


 出来る人からの賛辞というのは、どうも薄っぺらく感じてしまう。この人は昨日あの様な事が有ったのに、なぜこの様に誉めてくるのか解らず、嫌味を言われた様に少年の心の奥底にチクリと悪く刺さる。

 少年の心など知らずもかな、少女は自身の馬の手綱をここら辺の木にしては珍しく真っ直ぐに育つ若木の幹から解いてゆく。


「普通の魔人はそんな遠く等見れないわ。

 最初言ったけど、結構、魔力を使うって繊細なのよ? 」


 サナウは馬に乗り少年に手を差し出した。

 少年は手を引かれ馬に乗り込む。サナウは馬を少年が示した村はずれの森へと走らせた。

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