獣の墓所
陽日が昇る。霞が村を包む。早朝生まれたばかりの炭化した空気が粘り気と重々しさを武器を以って勤勉な村人へ恨み辛みを晴らす様に纏わりついてゆく。村人達はその攻撃に抗えなかったのは昨日の事。今日は違うようで、村人達はその攻撃もツユとも効いてない様に手に持つ農具で反撃するかの様に抉れた大地に土を盛り、踏み、ならしてゆく。
村人達の活気に誘われるかの様にクリフト親子は夢より覚める。二人は熟睡出来た様子で、幾分か目の隈も薄くなっていた。
親子は詰所でもらっていた硬く黒いパンをゆっくりと味わいながら食べて水を飲む。ゆったりと朝食を取ってみても、食物が少ない物だからすぐに終わる。
「俺は詰所に行くが、お前はどうする?」
クリフトは服で顔を拭いながら、座った侭の息子に問う。
少年は詰所の自身を取り巻く空気がやはり苦手な様で、また久々に動き回れるもの故に、軽く『行かない』と断った。
父親は深く問う事も無く、軽く了承して詰所へ向かった。
一人になったクーリンは昨日は暗かったからよく見えなかった我が家を見て回る。やはりとも言うべきか、全てが燃えて炭となっている。
だけど、両親のベッドがあった場所。炭の残骸の中に一つ、少し黄ばみがかった白い物を見た。少年が掘り起こしてみると、それは母が好きだった服のボタン。半分溶けてしまっているが、半分は原型がある。使い道の無いゴミとも言えるそのボタンの残骸を丁寧に服で何回も拭い、ポケットに大事にしまった。
少年は元我が家の探索を終え正午迄の猶予の間、村を探索してみようかと道と呼べるか不思議な道に出る。
チラホラと大人達が鍬や鋤で道を直しているのを見渡していた所、ふと見知らぬ老人に目が留まる。
自分達と同じ野良着を着ているのだけど、自分達のとは違い下ろしたての様に綺麗な野良着。顔つきも村の人たちというよりも、カリフ様や兵士に似ている、この村の人では無いと少年でも解った。
少年は訝しそうに老人を観察した。老人と目が合う。老人がニヤリと笑った様な気がする。
老人はまっすぐに少年の方へ向かってきた。抉れた道も、瓦礫も気にも留めず慣れた物腰で器用に歩いてくる。
少年の眼前に堂々とした風態で対峙した老人。
「大きくなったな。お前がクノールの孫か?」
クノールは少年の祖父の名前。祖父の名前が出て漸く思い出す、少年にとっての遠い昔に一度あったタクル村のお爺さん。
目の前の尊大な老人こそがガルタオだった。
▲▲▲▲▲▲
何十本もの蝋燭の光が踊る手入れが行き届いた重厚な樫の部屋に老人一人と光る鏡。ここはノーラン領主邸、ノーラン領主ノアは蜜蝋の軽く甘い香りとは裏腹に蝋が幾重と塗られ鈍く輝く自邸の床に頭がつく程に鏡に跪いていた。
——ほう、子供が魔王を倒したとな?
ノアが傅く鏡の奥底から響いた言葉。低く乾いた音が愉悦を含み残響がまるで鋼でできた箱の中を踊る様にカンカンと消えてゆく。普通の鏡は喋らないから奇怪なモノであるのは違い無いが、鏡に映る虚像はなお奇怪を色濃くしていた。
ノーラン領主邸とは正反対の様に白く輝く大きな部屋。血の様に黒く赤い絨毯が直線を描きその先には玉座と絨毯と同じ色のローブを羽織り銀色の短髪に金色の王冠を頂く金眼の老人—— ドーラ王国王ゴールスとドーラ王国謁見の間が鏡の中に広がる。
「しかも農民の子とな?
ノアよ、古き良き友人にして忠臣なるノアよ、お前は我輩を憚っておるのか? 」
「滅相もありません」
ゴールス王は狼の様な眼光を愉快そうに光らせながら鏡の反対を見る。ノアはいつもの戯れだとただ傅くのみ。
「先刻の火急の進言を汲み関所を確認してみたが魔王等確認出来ておらんかった。
幻か、強力な魔王かのいずれか……
それを一塊の農民の子供が倒したとな?
それだけじゃなく、星の二つ名を持つ魔王が復活し逃亡したとな?」
「左様であります」
「改めて言おう。
——我が親友よ、お前は我輩を憚っておるのか?」
「その様な事はございません」
より輝きが増す金眼。責め立てる事が愉快な悪戯っ子の様にノアを責めるゴールスとの一間、ふと力が抜けた様にゴールスの目の輝きは落ちてゆく。
「ノアの言葉だ…… 真であろうよのう…… どうしたものか……
ところでお前の息子カリフはいつ戻るのだ? 」
「復興部隊が後5日後にノルン村に着く予定となっております。
その時にカリフは入れ替わりとなります」
「であるか…… 。
であれば、その時に件の子、冒険者を連れて来い」
「承知いたしました」
『落ちていた』は 『溜め込んでた』と形容した方がしっくり来ていたと知る程に王の目は爆発に輝いた。王は愉悦に浸る様にクックと声を漏らしたにも関わらずノアの耳にはキンキンと警鐘の様に響いた。
▲▲▲▲▲▲
「…… 貴方も来るんですか? 」
「ダメかい?」
時刻は正午にさしかかり、村人達にまとわりついていた霞も遠に退散してノルン村に降り注ぐ陽光が焼けた土地を一層灼熱に落とそうと躍起となっていた。
サナウによって治癒された村人が参加し昨日にも増した人数で至る所で道具を振るう村人達は陽炎の如く空に混じり土地を農具で慣らし、使えそうな木材を見繕い不恰好な家を建ててゆく。
そんな村人達を背景にクーリンとガルタオ、サナウは詰所の前で落ち合っていた。
待ち合わせたサナウは一頭の馬のみを連れていた。二人ならば相乗りで行こうと思っていたのだろう。突如の参加者にサナウは深いため息を一つ吐く。
「今日は村はずれ迄行くので、行くなら馬を連れてきて貰えませんか?」
馬を取りに行くガルタオに見送りながらサナウはとりあえずと適当な出っ張りに馬の手綱を括り、適当な段差に座り突っ立った侭の少年へ自身の隣に座る様に促した。
「彼はどういう人なの?」
「父さんは勇者だって言ってました」
「勇者ねぇ…… 。
まぁいいわ、どうせあの手合いは人の話聞かないだろうし。
ところでここら辺の獣の墓所って知っている? 」
「獣の墓所…… ?」
「そう。動物達って死期を知るとその土地の特定の場所に集まるの。
——それが獣の墓所。知らない?」
「わらないです。
けれど、なんでそんな所に? 」
「教材として使おうと思ったのだけど。
まぁいいわ、それも教えてあげるとしましょう。
……所で、やっぱり臭うわね」
サナウは鼻をひくつかせながらマントをまさぐり一つの掌大の手帳を取り出しては1ページを破って少年に充てがった。
青く燃え出した紙。少年は驚いて飛びのけようとした。が、少女の力は思いの外強く少年が逃れることは出来ず、紙は少年に埋め込まれていく様に燃えて消えた。
「どう、綺麗になったでしょう?」
不思議な炎だった。少年に痛みも火傷も無かった。だけど妙に身体中がすっきり、自身の臭いはおろか馬鹿になってしまった少年の鼻では臭い等解らないのだが衣服についた泥も血も消えた様を見て、少年は清めの魔法を掛けられた事を理解した。
「他の人にはやらないんですか?」
「数に限りがあるからね」
「ありがとうです」
少年が礼を述べていると丁度ガルタオが馬に乗ってやってきた。サナウは立ち上がり括ってた手綱を解き馬にヒョイと跨る。
「乗れる?」
差し出すサナウの細い手。少年はコクリと頷きその白く細い手を掴んでよじ登る。サナウの華奢な体は崩れない様に少年の反対方向に大きく傾く。ようやくこそばゆさを覚えながら収まった少年の体。少女の柔らかい吐息が少年の後頭部を撫でていた。
「どこに行くんだい、嬢ちゃん?」
「とりあえず、草原の方に向かいますわ」
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