詰所

 木々も緑と生い茂る季節の中、毎年晩秋に実施する収穫祭を遠く過ぎた日に訪れる初雪の様な一面を真新しい薄灰色の粉塵が敷き詰められた元洞窟。微塵にされた木々や洞窟にあった水分を粉塵は含み4人の粘膜に纏わりついて感じさせるのは苦く粉っぽい苔の匂い。


 クーリンは目の前の少女の発した言葉と差し伸べる手にきょとんと何も出来ないまま見ていた。

『冒険者にならないか? 』と、少女は言った。クーリンにとって冒険者はあまり良いモノとは思えなかった。隣家のお婆さんが聴かせてくれたお伽噺に出てくる冒険者は誰もが欲深く、そして何も手に入れれない人々ばっかりだったから…… 。

 ふと、クーリンはある物語の冒険者を思い出し、乾いた笑いが漏れた。

 少年が思い出したのは冒険者ドーラー、彼は力は強いが思慮浅く、故に何も得られず、故に欲深い。彼はパトロンの依頼でダンジョンに潜る。そして容易に罠に嵌ってダンジョンの封印を解いてしまっては死闘を繰り広げる。最後は招いた災禍で報酬はマイナス。まるで今の境遇に似ているとクーリンは思った。

 少年の自虐な笑いを拒絶と捉えたのか少女は彼が意識を無くしてた時に話していた彼自身の問題を告げる。


「それに君は魔力について知らないといけない。だけど、教えてくれる人がいない。

 私が教えても良いのだけど、ここにはそんなに長く居られないわ。

 だったら、私の傍に君が居られる様になれば良いのかなと思ったのだけど……

 嫌かしら? 」


 クーリンは父親の顔を見上げた。

 父親はあまりその話に乗り気では無かったみたいで伏し目がちの視線が息子と合致する。クリフトは息子へ手を差し伸べる少女へ目を向ける。

 側からその様を見守っていたカリフは深いため息を吐いて膠着しつつある空気に割って入った。


「クーリン君もすぐには決めかねるだろう。

 サナウ殿も直ちに居なくなる訳でもなし、まだ村人の治癒も終わって無し。まずはそれまではできる限りクーリン君に教鞭をとってくれないかね?

 クーリン君もそれまでにどうするか決めてほしい」


 サナウは淡々と了承し、クーリンもしいてはクリフトも目はカリフに残しながらも頷いて見せた。

 話が決まったとカリフは既に天井も少年により堕とされ、いつのまにか橙色に染まり始めた空を見上げる。


「とりあえず村に戻るとしよう。

 日が暮れだしてしまった」


 カリフは、腰を上げて肩に積もった粉塵を払い除けた。3人も釣られる様に従い群狼の様に足跡をつけながら元洞窟を後にする。途中、クリフトが赤い水溜まりにて空となってしまった水差しにその魔王の残骸を詰める為に少し留まる。水溜まりを見るクーリンはあの魔王の笑い声が腹の底から鳴っている様で悪寒に背筋を舐め回された。



▲▲▲▲▲▲


 奇妙な光景。あの日以来初めて村に戻ったクーリンの目には悲惨な光景と隈だらけの顔なのにどこか活気のある村人達があまりにも気狂いじみて見える。

 少年の心に助長されているのか、未知が与える恐怖に村人の体が支配されているのか、大人達は少年に気が付くと自然と半歩、後退り。

 ここに少年が連れてこられた事を考えれば安全である事は自明の理であるにも関わらず村人達は心の奥底より少年に疎外感を植え付ける。

 少年は詰所の大部屋の角にテクテクと向かう。隅っこに空いた椅子の一つに座り『なんでもないですよ』と言う様に慣れた仕草でボーッと部屋全体を見渡す格好。

 大部屋には生き残った子供達が羊の群れの様に一塊となって遊んでいた。子供とは野生に近しいのかもしれない。緊急事態において生存本能からなのか生存能力の高い大人の機微に敏感となっていた。子供達は大人達の醸し出す安堵の空気を敏感に傍受し、避難者でひしめく仲で無邪気な快楽に身を任せ、平常と変わらない程にキャッキャと遊びに興じている。だけど、知らない仲では無いにも関わらず子供達は誰一人としてクーリンを異物の様に見て寄り付こうともしなかった。

 カリフを筆頭にクーリンと共に詰所に戻った大人達は、外套を脱いでは直ぐ様に元々詰所にいた大人達と会議の為に扉越しにある食堂に集まっていた。扉は開かれていて誰もが椅子に座るカリフとそれに傅く村人達が見て取れる。

 見知った顔だらけの群れの中でクーリンは孤独となっていた。

 少年にとってはそれが幸いだったのかもしれない。洞窟に居た頃、父に聞いた人、聞けなかった人の安保をゆっくりと直接目で見て確かめる事が出来るから。隣の叔父さんにお婆さん、村の外から来た商人から聞き齧った話を意気揚々と話してくれていた酒屋のお兄さん、隣のお婆さんの御伽話を一緒に聞いていた赤毛の子、etc… 皆元気そうにしていたのを見て嬉しかった。嬉しいはずなのだが母さんが居ない事が強調される様で顔に陰りを表せずにはいられなかった。


(冒険者になった方が良いのかもしれない)


 少年はいつしか冒険者になった自分というのを想像していた。御伽噺に出てくる冒険者に自分を重ねてみていた。ダンジョンに潜って古の封印を解いて出てきてしまった魔獣と戦う。見た事もない広い池——湖と言うらしい—— に埋もれた秘宝を浚う話。極寒の砦へ偵察に行き城主に見つかりなし崩しに戦う話。そして、勇者と共に魔王を倒す話———— 。

 一人が多いこの頃に鍛えられた想像力、事細やかに描かれる絵巻物の様な少年の物語に、少年自身、ワクワクしてしまう。が、それと同時に空虚を少年に与える。

 物語に出てくる冒険者は総じて機転が良かったり、力が強かったりと少年には欠落した魅力を持っていたから。ただ、一つだけ持っている借り物の力、魔王の力。サナウに教わり自由自在に使える様になれば、あるいは? と、思えるが魔王という単語に抱き合わせの様についてくる冒険者になった時の使命が少年の気持ちを曇らせる。

 冒険者になれば、明星の魔王を倒さねばならなくなる。実際に見た所はそこまで強そうに見えなかった魔王。だけど、大人達が言うにはあのエルドラドの何十倍も強いとのこと。そう考えると少年は途方もない事の様で冒険者になんてならない方が良いのかもしれない。


 ふと見ると大人達がいそいそと竿を持って天井につるされたランプに灯をつけて回る。ガラスが溶け枠のみを残す窓を少年が見ると日は崩れた建物の後ろに殆ど隠れてしまい並々と注いだ水差しの表面張力分が顔を出しているだけだった。

 大人達の火付けはおおよそ終わりランプは余韻に浸る様に橙色にユラユラと踊る。


( 会議って長いなぁ )


 しなやかに戯れる踊り子の様なランプが踊り疲れ、しとねに収まる様に、段々と止まっていくサマをクーリンは呆けて見ていた。

ふと、落ち着いてきたランプが小刻みに震えた。食堂で行われていた会議が終わり大人達が大挙して大部屋に戻ってきたからだった。

 会議に参加していた大人達と立ち替わる様に別の大人達が食堂へ入り、カゴを持って出てきた。カゴの中には少年の拳大の硬そうなパン。カゴを持つ人は給餌係なのだろうか村人達へ順番にパンを渡してゆく。

 クーリンもパンを受け取る。見た通りに硬かった。

 少年があまりの硬さについ拳でコツンとパンを叩いてみせていた頃、会議を終えた父親がパンを持って隣に来た。隻眼の少女と共に。


―― 豊穣の神の名の下に。


「みなさん、本当に信心深いのね」


 方々の塊でそれぞれ食前の祈りを捧げ始めた村人達を不思議な表情で見ながらサナウはポツリと言った。どこか懐かしいような、嬉しそうな、哀しむような、そんな表情。


 親子と少女はパンをすぐさまに食べ終えた。口を綺麗に拭き終えたサナウ。


「クーリン君、魔力について教えるって言った件なのですが、明日の正午こちらで教えるでよろしくて?」

「……はい、お願いします……です」

「わかったわ。じゃあ明日ね」


 それだけを言ってサナウは去る。まだ病床に沈む人々の方へ行き、少年に施した様に腕から血管の様に赤い管を出しては怪我人たちを触診?していっていた。

 息子と父親のみが部屋の隅に残っていた。息子は周りが誰も聞いていないことを隠す様に確認し気まずそうに父親にした一つのお願い。


「……父さん。家に帰りたい」


 申し訳なさそうな顔で見上げる息子に父親は目を逸らす。そして、決意したのか少年の目を見つめながら短く言った。


「あぁ、わかった。今日は帰ろうか」


 父親は少年を連れてジェイフとカリフの元へ行き挨拶をした。ジェイフには怪訝な顔をされながら、カリフは一切その鋭い表情を変えず、両名ともの了承を得て親子はまだ残骸だらけの道を我が家へ向けて歩いていった。

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