星の二つ名
「ハーハッハ! 良いではないか、良いではないか!
なんとも活気に満ち満ち満ちたる良い街では無いか!」
荒野を彷徨い埃を充満させたマントを羽織った少女。
赤い瞳を爛々と輝かせて方々にウネる腰元まで伸びた緑色の髪をはためかせて、石造りの立派な塀で囲われた街を見渡した。
砂を孕んだ空気のために数キロ先にある王宮はギザギザと尖ったモザイクに覆われている。
——ここはカッサラ王国 、
つい先日の周辺国合同での北のグスタ魔帝国への侵攻に国王ヴァンチは勝利を収める。国王は、即位100戦目を記念し城下カザールは特需に溢れた市場の恩恵賜らんと人に溢れていた—— 。
「 ——っどけ!道を開けよ! 」
カザールの飲食街で縦長の旗が市井に龍の尾っぽの様にはためき、怒声を孕む声が響き渡る。
市井を守る衛兵達が一組のボロに身を包んだ影を追う。人々はいそいそとなれた様に衛兵達の為にと道を開ける中、1人少女は取り残された。衛兵の1人は、邪魔になる少女へ対し悪態を突き、改めて怒声を発し、鞘から剣を抜き払った。
「ガキ!退け!退かぬならば切るぞ!」
「ハーハッハッハ!幼子に剣を向けるとは物騒では無いか!
妾は、ほれ、小さいのじゃから貴様らが避けても——」
少女が答弁するのも聞かずに袈裟掛けに切り抜く衛兵。ポテンと切り口から滑り落ちる少女の上半身に一瞥し通りすぎる一団。縦長の隊旗も通り過ぎ端へ身を埋めていた人々は気色悪そうに遠巻きながら切り口を一眼見ては目を背けて足速にその場を離れていく。
「……難儀やのぉ」
染み染みとした口調で切られた少女の声が漂う様に流れた。
呼応する様に少女の体は水銀の様に溶けて、一つにまとまってゆく。一つとなった半個体はまた幼女の体を作り出していった。
「難儀なのはこっちだよ。どうしてくれんの?」
体を練り直し、赤い切長の瞳孔に火を灯した少女の背後に箒と塵取りを持った男がイライラした顔で立っていた。
「——ったく。商売あがったりだよ。本当、どうしてくれんだよ?」
「ハーハッハ!すまんの!まさか、あぁも妾の言葉を聞かぬとは思わんだ ! 愉快、愉快! 」
「こっちは愉快じゃないよ。おかげで客が逃げちまった…… 」
「店の人間かね?それは悪い事をした。では、詫びをせんとならんのぉ」
男はいけしゃーしゃーと曰う少女に苛立ちを覚える様に鼻を鳴らす。少女は切られ落ちたマントを拾い、バサァと身に包み、軽くジャンプ。バサァと自身の髪をはためかせてシタっとポーズを決める。腰に手を添え胸を張って居丈高に声を発す。
「ハーハッハハ!我は明星のサ!ル!マ!ドーレ!
そなたの欲する力をくれてやろう!!」
▲▲▲▲▲▲
——明星の魔王はそう言ってたくさんの同胞へ力を分け与え、扇動して、神々が隠れになりつつあったこの地を混沌へと変えていきました。まだ残る神と人、良識ある魔人は、混乱を良しとせずに魔王サルマドーレを討伐しました。
魔人に伝わる童話の一節を語ったサナウ。洞窟は日が陰ってきたからなのか、背筋が凍る様な冷ややかさを地に座す者共へ苔の匂いと共に流し込む。
「 確かにサルマドーレと名乗ったのかね?クーリン君 」
「 ……はい」
少年は俯きながら答えた。
魔王を倒すために、それ以上の魔王の解放。あまりにも事の大きな失敗。昔話に良くある話だ。悪党が魔王の復活を助けるなんて。馬鹿じゃないの?って間抜けだなって笑ってた、けれど僕がその間抜けになるなんて…… 。
「星の名を冠する魔王の復活か……」
「星の名だとまずいのでしょうか? 」
「魔人にとって名前は大事なのものなのですよ。
二つ名自体も魔王でも一部のものしか名乗れないのです。
星の名前となると尚更となるのです」
恐る恐る聞いたクリフトの質問への返答は象徴的だった。ポカーンと腑に落ちないと目を開いたままのクリフトへカリフは補足する様に述べる。
「魔王ってのはこの世にごまんといるのだよ。私と同じ一領主の一族みたいなものだ。
ただ二つ名持ちとなるとそうは居ない。力と一貫した意志によって与えら得れるものだからだ。
つい先日、我々は近隣の5カ国で魔王が統べる国へ討伐しに行った。ただその魔王は二つ名も持たずとも我らと互角に戦ったのだ。
つまり、最低でも二つ名を持つ魔王の力は5カ国以上の力を有しており、それらの上位である星の名を持つ魔王は天災とも取れる力を持っているだろう
先の村を襲った魔王はただの二つ名だったのだろう?それ以上の力を持つ魔王だったということだ」
エルドラド以上の魔王、そう聞きクリフトは恐る様に身震いを覚え、つい首に下げたペンダントを弄った。
「ただ、暁光であるのはその星の名を持つ魔王の力をクーリン君が授かったことだ。
力を以って二つ名を持つ魔王を倒したことだ」
カリフは一閃と目を輝かせてクーリンを臨む。クーリンは恥いる様に俯いた顔を紅くした。
ただ、その紅潮も束の間、結局自分が取った失態の大きさに顔が曇るクーリン。
改めてカリフは、クーリンに向き直る。
「我は君を勇者と見る。君はまごう事なき村の英雄だと我輩は信じる。ただ、信じるだけなのだ。
それを確信とする為に、君の力を見せてくれないかね?」
クーリンが頷く様に首の緊張を解こうとした瞬間、横に座したサナウが遮る様に告げた。
「今、力を使うと死にますわよ? 」
一同の顔がサナウに集中した。サナウはさも当たり前ですよと言わんばかりに淡々と理由を述べた。
「魔の力を使う為には魔力が必要なのです。
人は魔力を持つものは稀で、この子は普通の人と同じく魔力は皆無ですわ。
倒れてたのもそれが原因、魔力枯渇の症状で飢餓となっていたのです
今は、最低限の私の魔力を分け与えて事なきを得ている状態なのです」
「……宝の持ち腐れか」
今後のことを絵に描いていたのだろう、落胆した様にカリフは肩を落とした。
クリフト親子もまた別のベクトルながら先のことを考え気を沈ませた。父親は小声でボソッと考えた先の恐怖を確認した。
「お前、あれから力は使っていないのだろう?」
静かに頷く息子。それは死刑を確定するガベルが放つ音の様に父親の背骨を叩き折る。息苦しさを覚えながらクリフトは藁を紡ぐ様にサナウに懇願に似た問いを投げた。
「サナウ様、その魔力っていうのは力を使わずとも消えていくものなのでしょうか?」
「そうですね。力を持っていれば魔力は否応ながら枯渇していきますわ」
「サナウ様が居られなくなった時、どうしたら良いのでしょう?」
農民親子の素朴な疑問に、それはそうだと気づいた様に目を閉じて思案するサナウ。
「魔力を取り込めば良いのですが……魔力結晶とか?けどそれも高価ですし…… 」
良案を探る様に半目に開いた目で見渡すサナウ。そこにふと止まる魔王エルドラドの成れの果て……
「あれを飲めば良いですわ。エルドラドは二つ名持ち、魔力も折り紙付きですので、人の一生分であれば十分すぎるほどに量はありますわ」
指差す先には赤い水たまり、蒸発も見せずに穏やかに鼓動する様に微風に合わせた波紋を折り成していた。
クリフトは一先ずの安堵を覚え胸元を弄っていた手も緩む。
あれを飲む、クーリンのみが沈んだ顔を示す。その顔にサナウは子供らしさを見出し苦笑を覚えた。
凍てつく空気も和らぎ、クリフトはいつ飢えるかも皆目つかぬ故か、水差しをとって少し足速に息子の命の源を確保しに行った。
「あれがあれば力は使えるのかね?」
「えぇ、どれくらい必要であるかはわかりませんが」
「であれば、サナウ殿がいるこの場で是非とも試して欲しい」
「それはそうですわね」
「であるからして、クーリン君。
もう一度依頼させていただくが力を使ってみてくれないか?」
力を放てばあれを飲まなければならない。よく解らないあれを飲むのは至極ごめんだが、腹底からのたまわるあの感覚もごめんなのだが、この場で試す事が一番安全だというのは理解している。
クーリンは、ちょうど父親が持ってきた水差しからその滴る赤い水を一杯、ヤケに喉を弄る様な嫌な喉腰についむせこむ。
喉の嫌味が治るのを待って思い出すあの日放った力の感触。腹に力を込める、虫が這う様な歪な感覚が芽吹く様に溜まっていく、虫が這う様に腹から胸へ、胸から腕へ伝わらせる。手のひらを広げ、蠢きをためていく、蠢きが小さく収縮されていくのを感じ手のひらから放つ様に壁へ向けた。
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