ガルタオ

「――30年前だったかなぁ、俺がまだ若い頃に奴らは来たんだ」

 

 先刻まであんなに賑わっていた宿屋の酒場は今では酔い潰れた客が片手で数える程、意識が残っているのは私とずーっと同じグラスをチビチビと啜るこの男だけになった。

 

「昔、北にノルという国が在ったんだ。

 カッサラ王国が進軍して無くなったんだが――、

 連中はその時の難民でよ友好国だったこの国に逃げて来たんだ」

「それで、ノルン村って言うんですね。……ノルに息子の添え字をつけてノルン」

「安直だろ?愚直すぎんだあの村の連中は。

 ――霊験も消え失せちまった豊穣の神だっけ?滅びた国の神を未だに崇めているんだ。

 何遍も言ってやったんだよ『お前らを守らない神なんて捨てちまえ。俺たちの神を崇めた方がお前らの為だ』

ってよ」

「はぁ…………」


 相槌打つもこの男の酒は悪い方に言っている気がする。

 話の折々でグラスを握る手に力を入れられ手の甲の血管がピクピクと上下する男の目は少し虚ろだった。


「 ――また助けてくれてねぇじゃねぇか」

 

 男は独り言の様にくぐもった声で呟いた。

 そろそろこの男も限界なのかしら? とりあえず目の前の肴を片付けてそろそろお暇しようと手に持つ酒を飲み干す。

 グラスを置く。ふと、背後から気配を感じる。


「――っ。貴方はノルン村へ行かれてたのでは?」


 そこには軽装備を纏ったカリム配下の兵士ノーランが立っていた。


「カリム様からサナウ殿へ連絡となります。

『明日の事で話がある。至急村長の家へ来て頂きたい』 、と」

「 …………今からですか? まぁ、良いですが……軍人さんはせっかちですね」

「――冒険者の嬢ちゃん帰るのかい?じゃあ、俺もそろそろ帰るとしよう」



▲▲▲▲▲▲



 村の中心にある石造りの建物。貴族の別邸と言っても差し支えない大きな佇まい、これがこの村一番の権力者である村長の家だ。

 透明なガラスがサッシも無く直接に嵌められた窓。屋敷から漏れる室内灯が壁伝いに屋根まで伸びた苔に反射され建物全体が緑に包まれた柔らかい印象を覚える。


——青い月が傾き古びた館の部屋を照らす。

 窓を背にして座るカリフは橙色の室内灯と月光の間から4人の兵士と1人の冒険者と対峙していた。


「……明日、我々はノルン村へ入る。

 私とノーランは魔王が討たれた事の確認、残りの兵士諸君とサナウ殿は負傷した村人達の治癒とタクル村迄への避難誘導をしてほしい」

「そういえばジェイフさんはどうされるんです?」

「彼にはタクル村の避難場所の整備を行なってもらう 」


 ノーランからの報告を一緒に聞いていたらしいジェイフは無念のあまり今は隣の部屋で休んでいる。父親が死んだというのはかなり堪えるものだったのだろか、膝が切られた様に崩れ落ちたそうだ。


——業が深くて嫌になるわ。

 荒くれ家業にいれば人の死ほど当たり前のことではない。ジェイフの心情に共感出来ない自分にサナウは愚痴をこばした。

 共感よりも「農民が魔王を倒した』という報告に意識を持っていかれていた。

 魔王とは一騎当千の強者だ。そんな魔王が戦いも知らぬと思われる農民たちに倒されるとはが倒すなどあるはずがない、と。

——となると…………

 サナウは魔王を倒したというのが本当であればと内心クリフトの息子に興味を持った。


「——仕方がないことですね」


 カリフと違い月の光が届かない所に立っているはずのサナウの言葉は青い光に包まれている様に静かだった。

 兵士達は無言。カリフも伝える事はもう無いと会議も終わる雰囲気が流れ始めサナウはひとまず明日に備えようと考えていた折、


——コン、コン。


 静寂を破る様にノックの音が流れた。

 カリフは目線をドアに一番近い兵士に送りドアを開けさせる。

 ドアの前にはタナオとジェイフ、そして——


「ガルタオか」


 ガルタオと呼ばれた男。先刻までサナウと酒を呑んでいた男だった。


「大きくなられましたなカリフ様。御健勝で何よりでございます」

「挨拶はよい、こんな夜分に世間話に来たのではなかろう? 」

「——左様でございます。では本題をから申させて頂きます」


 恐る恐るとこやつとされた村長タナオがオドオドとした声で口を開いた。


「明日の件、ジェイフも連れて行って頂きとうございます」

「…………構わんが、大丈夫かね?」

「大丈夫でございます」


 心配そうにジェイフを見つめるカリフにジェイフは頭を下げて己の意志を示した。


「ジェイフ君も来なさい。要件はそれだけかね? ……であれば今日はこれまでにしよう。各々明日は頼む」

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