偵察

「いつものでいいかい?」

「あぁ」


 埃っぽい野良着を着た男はカウンター席の端っこ、カウンターにもたれ掛かり自身専用となった少し草臥れた木製の椅子に座る。

 店内を改めて見れば5つしかないテーブル席はどれも常設する椅子だけでは足りていない様子で行事用に使う椅子だったり壊れかけの椅子を引っ張りだしている。喧騒も無くただ粛々と会話を互いに会話を楽しみながら酒盛りに勤しむ客は村の人間も混ざってはいるが、大半がよそ者だった。

 金を出さなければ何も渡さないと言わんばかりに幾重も服を着込んだ行商、体の傷を自慢とする様に露出の多い戦士、猫の様な耳に寄り添う様に縦長の瞳孔をひくつかせる亜人の老人、その陰に隠れる様にチビチビと酒を啜る隻眼の少女。それらは一塊の団体という訳でも無い様子で、どこかテーブルに群がる椅子と同じくチグハグだった。

 その日の〆と決めている黒くテカる1パインドのビールと拳大のパン、4本の腸詰を心待ちにしながら男は今までに無かったその光景を疲れた目で見つめる。

 

「エラく繁盛してんなぁ」

「あぁ、エラいもんよ。俺が生まれてからこんなに繁盛したのは初めてだ」

「何かあったのかい?」

「隣村に魔王が来たんだってよ。

 今日仕入れで行ってみたら酷いもんだ。

 どこもかしこ、家も人も炭になってしまってらぁ」

「へぇ、魔王ねぇ…………

 ――――てか、いつもより量少なくねぇかい?」

「言っただろ?酷いもんだったって。仕入れが出来なかったんだ、お互い様って事で勘弁してくれよ」

「何がお互い様だよ――、あんなに酒出しといてヨク言うぜ」


 明らかに量が少ない本日の〆にフォークを刺しながら男は酒を一口含ませる。

 ガキという言葉に引っかかった様に間を作った店主。合点が追いつき吹き出した。


「あの人はガキじゃねぇよ。

 確認したらカリフ様と一緒に来られたS級の冒険者だとよ」

「S級ねぇ……、冒険者ギルドってのはそんなに人材不足なのかい?

 見るからに浮浪児みたいにガリガリじゃねぇか。

 俺ん所のチビの方がよっぽど強そうに見えるがね」


 戦士風の大男がここまで臭いそうな程に出来上がった赤ら顔になって手振りで何かを話している。それをたいそう面倒臭そうな顔で相槌を打つS級冒険者と言われた少女。


――やっぱり見えねぇなぁ。

と、マジマジと言う男に愛想笑いで返す店主は思い出した様にふと言葉を綴った。


「そういえば『魔王を倒したのはガキだ』って言ってたな。隣村の連中は」

「…………担いでんのかい?」

「確かに眉唾だけどよ、連中はそう言ってんだよ」

「 ……ふぅん。ま、豊穣の神だっけ?よく解らんモノを拝むよく解らん連中だから何を言っても不思議じゃないがな。

 辛い時は妄想と現実がゴッチャになる事も―― 」


 言葉の途中もお構いなくパンを割って喉へ押し込む様に飲み込んだ男は、ビールを片手に席を立つ。

 下戸なのか、まだ一口しか含んでない男の足は少しおぼつかない。


「便所なら酒は置いていきな」

「ちげぇよ。とりあえず担がれてやろうかと思ったんだ。

 冒険者様方のお話を拝聴賜ってきてやる」


 おぼつかぬ足に似合わずしっかりと見据えた男の目の先。先ほどから絡んでいた大男は気分が上がってきているのだろう、少女の手を取り自身の胸元の大きな傷を触らせようとしている。

 顔を顰めているが、強く抵抗しない少女を見て男の意図を知った店主。男を信頼しているのだろう、止めるもなくただ男が行くのを見送り、丁度出来上がった料理を取りに行った。



▲▲▲▲▲▲



——やけに静かだな。

 月の光で作られた青い世界。ノルン村だと思われる集落を囲う草原に立つノーランの周りは風だけが漂う事を許可された様に静寂に包まれていた。

 その風景に辺境の田舎出身のノーランにとっては懐かしみを覚えずにはいられなかった。


——荒城の月。

 王の近衛として参加した宴で聞いた流浪民の曲が脳裏によぎる。寂しく崩れゆく集落と言った所か、酒でも飲めれば大層風情があるだろう————

 襲撃が遭ったのは昨日の出来事、荒廃へ誘う魔王はまだあそこに居るのだろう。

 それにしても草原に埋もれそうな程静かだ。何もないのに尊大に笑う大男だと聞いた、ノッシノッシと大股で歩き行手を拒むモノあれば逆に壊す様な粗暴な輩だとジェイフから聞いていたのにだ。


——とりあえず、近づいてみるか。

 ノーランは馬を放す。馬は一声上げ、わりかし茂った塊へ身を隠す様に消えていった。

 鞘から剣を抜き、念の為に調子を確認、また戻す。一歩二歩と隠れる様に村へ近づくノーランの鼻腔には次第に炭と油の臭いで満たされてゆく。


——まるで戦場の臭い。うんざりする程嗅いだ臭いがこんな所で嗅がされるというのは、心底滅入る。


——入り口までは問題ないな。

 貧相な木の柵がこの村の境界なのだろう、途切れた柵の前にはノルン村であると所在を示す看板が柵と同じ材質で作られていた。

 牛蛙の鳴き声の様なくぐもったうめき声が時折発せられ、破られゆく静寂。

 もっと踏み込んで良いだろうかと思案するノーランの前に幽鬼の様にユラユラと近づいてくる小さなアカリ。

 剣の柄に手をかけ、腰を落とし、音も無く物陰に潜むノーラン。光源はランプであると近づくに連れて解った。

 ランプを持つのは農民風の男二人。ノーランの装備よりはるかに劣る汚れた年代物の革鎧、鍬の柄に槍の穂先は取り急いで付けたのは明確だ。

 男たちは、焦燥しきった面持ちで体を寄せ合いノーランが潜む村の入り口に近づき、辺りをビクビクと、だけど漏れない様にジックリと—— 残念ながら素人の監視ではノーランを見つける事はできなかったが—— ひとしきり見渡して男達は去ってゆく。

 ひとまず渡りに船とばかりに尾行する事にしたノーラン。彼らにバレない様に、ただ剣からは手を離さずに彼らの視界から逃れながら付いていった。


 村の中は散々だった。焚き火に水を掛けた様な湿った臭いが充満し、言葉に取れない呻く声が地を這う様に蠢き、時折『水』という単語が聞き取れる。道や家の至る所が抉れ、灼熱に当てられた様に炭となっている。

 水場だったと思しきモノは半壊しており、急ぎ修復したのだろうか土嚢が詰められている。

 村の中心にらしき広場の石畳は所々石英化したのかガラスになってランプの光を吸収しそこにあるモノから目をそらさせようとしている。


——丁寧に並べられた炭…… 、瞬時にノーランは理解できない。


————炭はヒトだ。


 焼かれた時に見せる肉の収縮の為に人体が可動できる以上に収縮され乾涸びた炭がズラァと並ぶ。腹に頭が埋もれる程うずくまったヒト、手首が肩に張り付いたヒト、焼かれる苦しみは如何なる責め苦の頂点に達すると聞いた事があると、つい想像してしまったノーランに一筋の冷や汗が浮かぶ。

 鳥肌立つノーランを知らず男2人は広場を通り過ぎ、灯が灯った比較的被害の少ない建物 —— 屋根の一部は欠け窓のガラスは溶けた様に爛れ落ちているが—— 、ドアの前に立ちノックをするとこれまた疲れた顔をした男が出迎え、3人の男は建物へ入っていった。


 ドアから漏れる灯は遮断されノーランは建物の壁に張り付く。そして、扉が剥がれた窓から中へ潜った。

 うめき声が溢れる建物の中の一室から先ほどの男たちの物と思しき声。

 部屋を覗くノーランの目に映るのはその部屋の許容を大幅に超えひしめく人々。泥や炭に汚れ所々焦げた跡がある衣服を纏った老若男女、誰もが疲れた顔、誰もが少なからず怪我を負っていた。

 難から逃れてきた村民達だと理解するには十分な光景が広がっていた。


——魔王がまだ居るのならば、こんな村の中心に居る事は無いだろうな、ともすればどこに行ったのだ?


——直接聞くべきか、否か。不安にくれた村民達を見ながらノーランの胸中に葛藤が生まれる。


 兵士とすれば隠密に徹するべきか、それとも村民に安心を与えるべきか…………



「村長は誰だ?」


 村民達は一斉に驚愕の目がノーランに向く。

 その目は急に現れたノーランにヒトであるかも理解出来ず、ただ呆然とした視線のみが静かに刺さるのみ————


「すまない。私は領主レフの子カリフ様の部隊の者。そなたらの村長の子ジェイフより報を受け偵察に来た」


 呆けた目に正気が過ぎる。だんだんと男の素性を理解しだした村民達の中から尾行した二人を建物へ迎い入れた中年の男がおずおずと前へ出る。


「村長は亡くなり、臨時の代表をしておりますクリフトと申します」

「左様か。であれば簡単に教えてくれ。魔王はどこだ? 助かったのはお前達だけなのか?」

「生き残った者はこの建物に居るのが全員です。魔王は私の息子が倒しました」

「…………魔王はもうこの村に居ないのだな?」


 クリフトとという男は頷く。

——魔王をこの男の息子が倒した?俄には信じられない事だ。草臥れたこの男はどう見ても戦なれしていないしがない農民にしか見えない。その息子ともすれば推して量れるものだ。


「とりあえずは合い解った。カリフ様へ報告しに参る。後の事は安心せよ」


 魔王はもう居ない。

 まずは一時報告として十分だろうと踵を返し村の外へノーランは向かう。

 広場を抜け、抉れた道を駆け、ノルン村と書かれた看板を尻目に馬を放した草原まで小一時間で着いた。

 口笛で静寂なる青い世界を貫く。馬が答え嗎と共に現れた。ヒョイと飛び乗り、タクル村に座す指揮官の元へ鞭をうち草原をノーランは疾っていった—— 。

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