タクル村

 領主は緊急の会議を終え、未だ話す配下達を尻目に衝立の奥へ湯気の立つ桶を抱えた侍女と共に消えた。

 服を脱ぎ体を侍女へ預け夜明け前の悲報に頭を抱える。

――この時期に魔王の襲来、いやはやまだ僥倖であったと取るべきか…………


 王の行軍で戦果を得て、しかし敵軍への攻防で呪いを受け、葬儀馬車かと思える台車に横たわり帰還したカリフ。

 褒美として最上級の治癒の力を持つ冒険者を王より手配頂き1月。冒険者サナウ殿の力により息子は回復し、送別も兼ねた宴を開いたのが丁度昨日の事だった。明日ないし今日であったらならサナウ殿の助力は得られなかっただろう。

 冒険者といえば玉石混交の最たる職、そして、そんな彼らを仕切る冒険者ギルドも然りだ。

 野盗共が盗品を流通させる為に作っただけのギルドもあれば、とある王の懐刀と噂されるギルドもある。

 G2d商会 、一風変わった名前だがサナウ殿が所属しているギルド――――

 

『彼らは我が近衛騎士団と同等、若しくはそれ以上の力を持っている』と王より賜った言葉が彼女を見た当初は信じられず不敬ながら甘言に惑わされ散財しているのではと王を訝った程だ。

 門前に立つ隻眼の少女、緑色の髪からして魔物との混血なのだろう。健康な片目の瞳は気だるそうに翳り、その自信の無さそうに草臥れた旅装に身を包む姿は浮浪者にしか見えなかった。


「―― 申し訳ありません」


 突然の謝罪の言葉に内側へ向けていた視線を外へ戻す領主。体を拭く手を止め、何が悪かったのかも理解出来ずオドオドと侍女が畏まっていた。

 無意識に顔に心情が漏れていたのであろうか? 自身の顔と同じく年季が入った世辞にも綺麗とは程遠い手で顔の皺を伸ばし少し恥入り、大きなため息を吐いた。


「十分じゃ、服を持ってきておくれ」


 侍女はそそくさと立ち上がり、一礼をすまし出ていき戻ってきた時にはこの田舎の一領主が普段着とするには余りある格式張った綺麗な服を一式抱えていた。

 領主はまた侍女に身を委ね一重、二重とその格式に身を整えていった。

 腰に剣をさえ携える姿はこれから魔王を討伐しに行くのかと思えるほど重々しかった。


「すまないが、下がっておくれ。そしてワシが良いと言うまで誰も部屋へ入れない様にしておくれ」


 領主は金庫から重厚な服には合わない古びて所々錆の浮いた指輪、一点厳かに豆粒程の赤い石を嵌め込めた貧相な指輪を取り出し指に嵌め、下座の席に座りながら言う。

 侍女は再度一礼を取り部屋から出ていった。静かに扉がしまりきるのを目で追い、赤い石に反対の手をかざした。


——我、アレフの子、カリフの父、王より賜ったノーラン領の領主レフ。我が王へ謁見を願う。取次の程、早々されたし。

 声とも取れぬくぐもった声でそう指輪へ問う。赤い石は暖かに燃える様に輝く、その閃光は領主レフの眼前に彼の背丈程ある円をだんだん形づくってゆく。

 閃光が落ち着ききって鏡になった。ただそこに映る虚像は領主の顔でも、館の風景でもなかった。白を基調とした事務的な机、白い詰襟を着た白髪のどこか無機質な青年。

 青年は少し驚いた風に一瞬眉を顰めたが直ぐに鉄仮面の様な顔に戻して線の薄い口を動かした。


「ノーラン辺境伯様、ご要望、承知いたしました。本日謁見希望の目的を御教え下さい」

「魔王エルドラドなる魔物の急襲。その報告及び応援の陳情である」



▲▲▲



 カリフ達は草原の中に佇ずむ村にたどり着いていた。

 朝日はすでに夕日へと成り代わり、疲れた様に鼻息を荒くした馬達を赤く染めている。

 ここは魔王が襲来したノルン村に一番近いタクル村。隣村が襲撃を受けたにも関わらず、草の匂いが鼻を刺す程に平穏そのものの出立を見せる。

 野良仕事を終えた農民達がちらほらと歩き大きな欠伸を残して通り過ぎてゆく中、マントでは隠しきれない武装を施したカリフ達はあまりにもチグハグだ。

 あまりにものどかすぎる情景にカリフは少し眉を顰めながら、馴染み深いだろうとジェイフを呼ぶ。


「村長を呼んできてくれ」

「承知いたしました 」 


 ジェイフは束の間の休息も逃すまいと道草を啄み始めた馬の腹を蹴る。恨めしそうに馬は嗎を残し人が増え始めた往来の彼方へ消えていく。忙しなく去りゆく背中に苦笑を覚えるカリフはどっしりとただ待つ兵士達へ向き直った。


「諸君、これから当分この村を拠点にして活動しようと思う。

 まずは情報を集めよう。この村には酒場があったはずだ。

 諸君は、村民達から色々と聞き出してほしい。

 そして我々はあくまで視察の体で接する。

 魔王という言葉はこちらからは口に出すな。無用な不安は抱かせない様に注意してくれ」


 酒場と聞き不遜な程落ち着いていた目に動揺を見せて、つい口元を緩ませる兵士が一人、二人。

 そんな事にも気にも留めずにカリフは緩んだ一人を名指しする。


「ノーラン、君は少しノルン村へ斥候に行ってきてくれ。遠目からでも良い安全に気をつけて念の為、どうなっているか確認して来てほしい」

「承知しました」


 ノーランと言われた兵士は緩んでた口元から落胆の色を垣間見せたものの、瞬時に口を真横に縛り不遜な落ち着きを彩った顔へ戻す。直ぐ様ジェイフとは反対方向へ、草原と村を隔てる木でできた簡素な柵の向こうへ消えていく。

 他の兵士たち二人一組となってカリフから離れていった。残るはカリフとサナウの二人、村の入り口に静かに佇む旅装の二人へ行き交う人は様々な目を向く。

 少女と領主の息子の組み合わせに良からぬ噂を冗談混じりで連れ合いへ語り合う不敬な若者、ただ会釈する者、行商は勘ぐった様に訝しむ一閃を目に宿したりと、ただの暇つぶしなのかサナウは多様な目を向ける者達を観察していた。


 程なく往来の目はカリフたちとは反対の方向へ向いた。村の奥から上がる忙しい馬蹄の音へと。

 蹄は2頭分、まるで競争する様にカリフの元を目指して近づいてくる。

 馬を操る一人は、ジェイフだ。

 村民達はこうも牧化的に行き来する中、なぜこうも焦燥が枯れないのかと少し微笑ましく思いながら自身へ向かうもう片方の馬をカリフは見やる。

 ジェイフと同い歳位だろう、まだ白髪も生えぬ黒々とした短髪に日に焼けた野良着の男が、ジェイフに遅れまいと横に並ぶ。ただ横の男よりかは分別がある様に、仕切りに馬を嗎かせて往来の道を開けさせながら向かってくる。


「カリフ様。私も村を散策してきますわ」


 サナウは彼らがココに着く前に話を済ませようと愉快そうに口角を少し上げた口を動かした。


「サナウ殿には村長宅で休んでて頂きたいのだが 」

「ただ休むのは面白く無いわ。

 私は冒険者で、冒険者なりの方法ってのがあります。

 各々で情報収集した方が効率は良いかと思います」

「左様であるか、——であればコレを持っておいて欲しい。これは我が家の紋章。何かあれば相手に見せるだけで万事解決するだろう」


 腰袋から盾に角笛と弓矢が刻まれた銀無垢の指輪を取り出しカリフはサナウへ渡した。


「これでタダ酒が呑めますね」

「ハハッ、左様であるな。存分に使ってくだされ」


 サナウは自身の腰袋から鎖を取り出す。鎖を指輪へ通し、それを首に繋げて、引っ張って確認をした。

 サナウは一礼と共に馬を静かに歩ませる。ジェイフ達のせいで一向寄せられる事となった好奇の目の奥へと。


「連れて参りました」

「お待たせして申し訳ありません、カリフ様。タクル村の村長をさせて頂いておりますタナオで御座います」


 カリフの前へ着くや否や土埃も治らぬ中、二人の男は馬から飛び降りる様に地へ伏して略式の口上を述べる。

 一先ずはと伏す二人をまた馬へ誘うカリフ。

 奇異の目、日はより一層赤黒く染まる。

 3頭となった馬はタナオ宅へと向かって穏やかに歩んでゆく。

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