館からの出陣

 不揃いながら敷き詰められた石をしっとりと深みがかった灰色へと滲ませ、ゆったりと街を徘徊する朝露。

 境界ぼやけた石造りの建物達の境界を、濡らされて不慣れにヒョコヒョコと歩く鳥みたいに民衆がチラホラと朧に通り過ぎてゆく。

 

 領主の街はいつもと変わらず平穏に刻が流れてゆく。

ただ、街の中心、領主の館を除いて……


————魔王の急襲、領主邸の前庭、その情報だけで収集された兵士5名が旅装に身を包み命令を待つ。

 一様に湿気で色味を濃くしたマントを羽織り、その下には各々、年季の入った武具で完全装備している。

 兵士は体勢を崩しながらも指揮官の姿を見れば瞬時に対応出来る様、館の玄関へ通づる道に対峙し列を成す。

白浪立つ様なモヤの奥、一塊の影が踊った。瞬時に一斉に姿勢を正す兵士。小国の、そして田舎領主の兵にしては不釣り合いな程に良く訓練されている所作だ。

 塊は次第に明確に3つの影に分かれた。その影は兵士と同じく旅装に身を包んでいた。

 先導する影、真ん中に座し、とりわけて先頭を歩む影は兵士達にも馴染みのある男だった。

 今回指揮を取るのはこの方だと想像に容易すく、いつも以上に眉間に皺を寄せ眼光の鋭い闘争心の塊の様な顔、鍛え抜かれた屈強で大柄な体、領主の子カリフだ。


 もう一人も見る顔だ。領主邸で最近、客人として滞在している女だ。緑色の長い髪と隻眼の少女。魔法使いの冒険者だとの噂。


 最後の一人は皆目つかない。憔悴し日焼けた面持ち、我らと同じ市民である様に見えるが羽織る衣服はカリフと同等に上等だ。縁は豪華に彩られ、生地は滑らかに光沢を帯びており、この男にはあまりにも不釣り合いでチグハグな印象を受ける。

 

 3つの影は兵士へ向けて近づいてゆく。そして、先頭のカリフが兵士と対峙し、怒声に似たその体躯に相応しい声を兵士へ向けて発した。

「諸君!昨晩ノルン村に魔王が襲来したという情報が入った。

 我、領主の子カリフと共に諸君等には偵察に向かってもらう。

 細かい情報は同行する村長の息子ジェイフに道中聞いてゆくが、彼が村を発った時は既に魔王は村を焼討ちしていたとの事だ。

 暴虐な魔王故に諸君等精鋭を呼んだ次第だ。

 そして彼女、S級冒険者サナウ殿。ご好意により御同行頂く次第となった。

 彼女は治癒の力がある事を知っている者も居ると思うが、くれぐれも万全を期し彼女の力に頼る事は極力避けたい。

 我らの仕事は偵察!戦いは出来るだけ避け、情報を収集し父上へ報告する事だ。

 では、これより出発となる。各々及び我ら3人の馬を持ってこい」


 兵士達は短い返事を返すや否や踵を返し厩へ駆けていった。

 ふと落窪んだ目のジェイフに光る一層の焦りの眼光。ふとカリフが向き直ると兵士を追う。半歩進むか進まぬうちにカリフに呼び止められた。

 

「ジェイフ君、君はココに居たまえ」

「 ——っすみません」

「あ、いや、すまない、君も馬をとってくるのを手伝ってくれたまえ」


 怪訝そうな表情をふと見せ、踵を返したジェイフは改めて兵士達の元へ駆けゆく。

 

「彼は確かに何かをさせていた方が良いかもしれませんね、気が紛れて楽になるでしょう」

「ええ、彼はあまりこういう事には慣れておりませんので、ましてやこんな田舎へ魔物なんて ————っと、すみません」

「構いませんよ。滞在してはや一月ひとつきとなりますか……、領内を散策しましたがにお会いする事は叶いませんでしたわ」


 眉間の皺が少し上へ押しやられ面白くなさそうに頬を掻いたカリフを見やる魔法使いは隻眼の目を愉快そうに歪めている。

 遠くから馬のいななきに混じり石畳を打つ馬蹄の音が騒々しく近づいてくる。


「さすがカリフ様の兵士、もう戻ってこられましたわ」

「えぇ、では出発ですな」

 

 カリフは助け舟に壮大に乗り、大股で馬の方へまだ愉快そうに戯れる魔法使いをいざなった。


 一陣は消え、またいつもの静寂が街を包む。

 しかし、その静寂は暫しの余震の様に不気味だった。

 領主は本震は不発であれと願う。

 だが諸侯へ、そして王へと応援要請の使者を方々へ使つかわしてゆく。

 そして門より飛び出していった1つの塊が舞い戻ってきた際に朗報と無事を携えてくる事、不要な応援だった事への嫌味を周囲より聞かされる事を願い、大きなため息を吐いた。

 

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