暴力の王

——『王』。

 集合体の権威、或いはその代理への名称。

 王が王たるのはその集合体で与奪が許される為だ。

 与奪が許されるのは何故か?

——『力』だ。

 傲慢を押し通す暴力、他に有無を言わさぬ智力。

 絶対的な『力』を持つ故に与奪する事が出来る。

 『力』こそ王が王たる資格——。


 言葉を得た理不尽な暴力。

 天災に等しい暴力が王を自称するに相応しい力を見せた。

 水気ならぬ火気を含んだ嵐の様な力が村を襲った。

 燃え得るモノは燃え盛り、崩れ得るモノはあらかた崩れた。


 村の中心。——小さな水飲み場兼、村唯一のオブジェ。

 災禍を辛うじて免れた普段は村人が集まる憩いの場。

 水が跳ねても大丈夫な様に地面と槽は石で造られる。

 災いかな、民のために敷いたその石が、広場を覆う建物達の炎症を水へと伝播させ、ポコポコと蓄えた水を沸騰させている。


 戦果まずまずと愉快そうに眺め縁に座る魔王。

 その正面には村の長が哀願の為、先程から土下座する形で地に伏している。


「ファーハッ!全然見つからぬ!

 素晴らしい、楽しいぞ、村長‼︎

 ここまでひっくり返して探しても見つからぬ!

 よくぞここまで隠したな、————だがそろそろ飽いできた所故、

 ————同胞、明星のサルマドーレを差し出してもらおうか?」

 

 ………………答えは得ず。

 

 広場には村長と魔王しかいない。

 村長と共に居た自警団は各々住民の避難に向かって久しい。

 紛いなりにも魔王と対話していた人物、それは対話と言うに拙い。 

 『知りませぬ』と呻く様に発していた村長。

 その声はいつの間にか消えていた。

 魔王は穏やかな八の字をなぞっていた眉を水平に直し、引き寄せた。

 

「村長!黙秘はならぬ!

 この村に同胞が居るのは絶対なのだ!

 それに推理っていうのは答え合わせを以って完成するのだ!」


そう言い、掌に小石程度の火の玉を生み押し黙っている村長に投げつけた。

 火の玉が当たり、尚も黙秘する村長。

 嬉々と見る魔王。


 ——と、ふと魔王はそっぽを向いた。

 獣が獲物を見つけた様に、ある一点。——村を囲む柵の外、小高い山となっている森を凝視する。

 そこには人の気配しか無かった捨て置いた場所。

 小さな取るに足らない気しか無かった場所。

 そしてニマリ、据えてた腰を起こし体全体をその方へ向ける。

 …… 一つ増えていた。同胞の気が現れていた。


「あそこか!ハザマの牢で隠したか!そりゃあわからんわ!

 ファーハッハッハ!さすがじゃな………… 」


 正解じゃろ? と答え合わせを望む様に村長に向き直る。そして、楽しみすぎてつい忘れていた事を思い出した。

 静かに、歪まずに服も身も赤くそして次第に灰へと変わってゆく村長。

 答え合わせが出来ず少し残念そうに、だが答えはそこにあると確信し魔王は広場を後にした。


 リボンの先っぽが戸棚から垂れたプレゼントを見つけた子供の様に、姿を見ただけで獲った気になる暗愚な猟師の様に満願の笑みと高笑いを携え村を闊歩する。

 大股で悠々と進む、つい先刻言葉も発さぬ少年と違えた地点である事など気に留めず、そして同じ場所に男が呆然と地面に落ちている物を見ている事にもツユとも留めず、少年が駆けた道を進む。


 木々が産んだ芳醇な赤土が幾万と踏まれ出来た道。それは王城の赤い絨毯の様だ。

 炎が奏でる轟きは凱歌に歓声をあげる民衆の様だ。

 魔王は高揚し進む。普段の高笑いも少なくなり顔は口が裂けんばかりにあげられた状態で膠着してゆく。

 洞窟が見えた、宝物庫の様に厳かに佇ずむ剥き出しの岩の入り口。

 大きな轟音。洞窟から立ちこもる、まるで正解を告げるラッパの様にビリビリと感じる同胞の魔力。

 探していた宝である事を確信した魔王、歩みはもう駆け足に近かった。

 洞窟には人の気配がする。牢を守る番人やもしれぬ、王故、口上を挙げねばならぬな、と入り口で留まり深呼吸をする。



▲▲▲


 砂塵で充満する洞窟に煤と油の匂いが充満してゆく。

 入り口に現れた魔王は『探し物見つけたり』と言わんばかりに、大口を下品に開けて白く大きなギザギザ歯を見せて笑って居丈高に立っている。

 まるで暴力で出来た様な存在。

 僕に振りかぶる岩の残滓がその力であると、シンシンと凍てつく様に心臓が締め付けられ、抗う様にハラワタがのたうちて、焼けて、焦げる。

 『のたうつ』のはコノ魔王のせいか、果てはアノ魔王のせいか……。

 ————そんな事は考える余裕は無く、ただただ目の前の魔王を見るしかできない。


「愉快な小僧! 久しいな! お前だけか? ……お前だけなのか?」


 訝しむ魔王。反響する声は尻すぼみに消えてゆく。

 アテが外れたと言うのがアリアリと分かる。

 居丈高に組んだ肘がストーンと落ちる。ビクッと震える僕の体。

 残滓がパラパラと肩から落ちる。

 のしかかる暴力に隙間が出来た気がした。心臓よりハラワタが僕を乗っ取れる隙間。


 「………僕だけ」

 

 漸く絞り出した言葉は、全てを伝えることが出来なかった。

 全て言えると思った。期待した。

 けど、出てくるのは嗚咽に似たタドタドしい言葉だけ。


 魔王と洞窟との余白がドンドンと埋まってゆく。暴力が近づき比例して充満していく。

 降っていた砂塵は既に全て地に落ちたのにやけに粉っぽい視界。

 か細く動いた口の中は粘土を塗りたくられていく様に重くネバネバしてゆく。


「ファーハッハッハッ!小僧!小僧 ——愉快な小僧よ!我と立ち会い、面と向かい2度も憚るか?

 同胞の残り香が充満する場所で、自身にも微かに宿してなお、なお知らないと?

 推理も考察も探索も一興だか、もう飽いだ!

 ハザマの牢獄にでもまた入れたのではないのか?

 さぁ、——明星の魔王を差し出すのだ!」


 逃げないと、言わないと、ただそれだけ。

 広げられた魔王の腕は長く、両脇にある壁に当たっているのかもしれない手、ただ怖かった。嗚咽も消えた。


「——っやめてくれ!

 やめて下さい……魔王様 」


 毎日起きた時、ご飯の時、寝る時に聞く声。

 よく聞いた声に似たその声、聞いた事が無い程に悲哀に震えていた。

 さっきまで見えなかった魔王の手は恐ろしく大きかった。

 テラテラと輝く翼が反転し現れる。

 辛うじて現存した余白から声の主が見えた。

 細長いボロを纏わせた荷物を大事に抱える、煤だらけの男。

 父の姿———— 。

 

 対峙した父は、崩れる様に土下座をした。

 何度も赦しを魔王に乞う。

 ただ荷物は大事そうに抱えたままだから、手は地面に突けず顔を擦り付ける様に乞いている。

 ボロ布は見覚えがあった。

 僕の頭を撫でてくれる時、叱る時、抱きしめてくれる時にまとわり付いた布。

 ……母さんの腕…………。


 咆哮に似た高笑いが方向をうずくまる塊に変える。

 

 父さんが母さんと同じになる。

——いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

 留めどない言葉に溢れる中、嗚咽もままならず俯く。


——何も知らない僕が描いた落書きが掠れているはずなのに突き付けられる様に目に鮮明に映る。


——逃げ出した魔王の声が聞こえた気がした。


 解らないけど、それしか……やらないと、やるしかない、やらねば、やらねば、やらねばならぬ。

 グチャグチャな思考で手を突き出す。

 グニャァと歪む視界で足が震える。

 ムカデが這う様に、アリに啄まれる様に腹がグチャグチャと焼きタダれる中で腹に力を入れる。

 やらねば……父さんも誰も……やらないと————。

 腹でのたまっていたモノが体を這って登ってくる。

 蛇の様に腕に絡み手へと下る。

 大きな翼の付け根がピクリ、魔王はゆっくりと振り返る。

 傲慢な程に大きく広げた口——。

 蛇の様にジグザグな赤い光がその口の歯に触る。

 瞬間、轟音が洞窟を揺らし丸く食い破った。

 アノ魔王が見せた力がコノ魔王を喰い散らかした。

 

 呆気ないほどに大きな暴力は霧散し、力が喰い残した魔王の残骸がドサリと落ちて、魔王自身も気付いていない様にゆっくりと溶け赤黒い水たまりとなって地面に吸い込まれてゆく……。

 その残滓の様な煤と油の匂いが充満する中で、僕と父さんはタダタダとその場に留まるしかなかった。

 轟音も反響するのを訝しむ様に消えてもまだ、駆け寄る事も何も出来ずに、ただその場に留まった。



▲▲▲



 村長の子は走る。

 タダタダ走る。

 馬に鞭打ち、魔王が来たことを告げ、助けを求めるために領主の元へ。

 よく解らない要求を携えて来訪した魔王。父が説いてくれている間に間にあう様に、それは無理だと半分諦め……ただ、それでもと駆ける。

 草原の街道は何も不幸は無いとばかりに蒸せる様な草の匂いで馬と男の鼻をくすぐる。

 出発した時はまだ月も見せなかったのに、既に南中も過ぎ月は沈む方向へ。

 馬は疲れ蹄の音も時々濁る。

 地上に灯も見ず駆けに駆け、漸く微かに街の火が見えた。

 男は鞭を強く打ち、もっと疾くと駆けてゆく————。

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