【31】6日目(木)

 彼の家にお世話になって六日。

 その間ずっと申し訳のない気持ちでいた。

 なのに私はまた必要のない迷惑を彼に掛けようとしている。

 本当に私はどうしようもない人間だと思う。

「今から泊まれそうなところがあるか探してみる」

 それから彼は何軒かのホテルや旅館に電話で問い合わせてくれた。

 ネットでそれをしないのは多分、後々のトラブルを避ける為なのだと思う。

 実際やり取りを聞いていた限りでも、十代の女の子と二人だと告げた途端に彼が声のトーンを落としていたから、その想像はきっと当たっているだろう。


「ごめん。やっぱ駄目っぽい」

 そう言って申し訳無さそうな顔をする彼に、私は卑怯にも更なる追い打ちを掛ける。

「あそこにあるのってホテルですか?」

 私が指差した方向に目をやった彼は一秒後にはこちらに向き直り「いや、あそこは……」と心底困った顔をする。

 その”あそこ”というのは駐車場からほど近くにある山の影に隠れている建物のことで、入り口と思しき場所にあるケバケバしい看板には『空室』の文字が見て取れた。

「あそこがいいです」

 本当のことを言えば、そこがいいというよりは、彼と二人で泊まることが出来そうな場所がしか思いつかないから言っただけだった。

 彼から返事が返ってくることはなかった。

 私は車のドアを開けて外に飛び出すと、湖畔にそって伸びる真っ暗な遊歩道を駆けた。

 それとて彼が追い掛けてきてくれることがわかっていての行動なのだった。

 案の定、彼は私にすぐに追いつくと息を切らせながら「コンビニで何か買ってから行こう」と言ってくれた。

 正確には「コ……コンビニで……なにか……買ってから……いこう……」だったけど。

 本当にごめんなさい……。


 彼は「どうせならもう少しマシなところにしようか」と言い、車を数十分走らせて別のホテルに連れて行ってくれた。

 そこはとても綺麗で、何よりも建物の外観が豪華客船のようで素敵だった。

 彼は手慣れた様子で車を止めると、その脇にあった階段をどんどん上っていく。

 階段を上りきった行き止まりにある建物の雰囲気とは似ても似つかない非常口のドアのような鉄製のそれを開けると、雑居ビルのようだった景色は再び華やかになる。

「すごい!」

 子供のような物言いだと自分でも思ったが、本当にすごかったのだから仕方がない。

 床にはふかふかのカーペットが敷き詰められており、ベッドは縦と横が同じくらいの広さがあるし、お風呂は――彼の家もそうだったが――ガラス張りになっている。

「すごーい!」


「沙百合ちゃん。とりあえず飯にしようよ。お腹減った」

 紫色のソファーに彼と並んで座り、コンビニで仕入れた食べ物でお腹を満たす。

「沙百合ちゃん、またサンドイッチ?」

「あ、はい。美味しいし食べやすいし。それにレタスが好きなんです」

「じゃあ、今度買い物に行ったらレタスを玉でひとつ買おっか」

「でも、食べきれないかもです」

「ああ、そっか。明日か明後日だもんね。絵梨佳が迎えに来るの」

 お母さんの話はしたくなかった。

 せっかく一樹さんと一緒にご飯を食べているのに食欲が無くなってしまう。

「本当に来てくれるなら、ですけどね」

「それは……大丈夫だって」

「……別に。別にお母さんが来てくれなくても、私」

 ”私は一樹さんの家の子になるから”なんて、子供みたいなことは言えない。

 かといって”一樹さんのお嫁さんになりたいです”なんて、もっと子供みたいだ。

「私、もう大人ですから」

 言ってから気づく。

 これが一番子供みたいな台詞だった。


 ご飯を食べながらずっと気になっていることがあった。

 それは本当にどうでもいいコトだったのだが、彼に聞いてみることにした。

「あのテレビのところにあるマイクって、カラオケですか?」

「そうだよ。こういうところは、その……防音が完璧だから。何曲でも無料、歌い放題」

 彼はテーブルの上にあったリモコンを操作して、最近流行っている女性アイドルグループの曲を流した。

 それは私も大好きな曲で、画面の中のアイドルに合わせて軽く歌ってみる。

 楽しい!

「一樹さんもなんか歌って下さい」

「え? 俺も? ……じゃあ」

 不承不承といった風の彼が選んだ曲は私が生まれた頃の曲で、私とお母さんが好きな曲だった。


 一時間くらいカラオケを楽しんでからお風呂にお湯を張る。

「わきました……」

「どうしたの? なんか浮かない顔してるけど」

「お風呂、めっちゃガラス張りです」

「ああ……。でも、こっちからは見えない場所だしジェットバスを付けておけば音も聞こえないし」

 なんと、ここのお風呂にはジェットバスが付いているらしい。

 彼はまるでここの従業員かのように様々な設備に精通しているように思う。

「一樹さんはお母さんとも来たことあるんですか?」

 彼はその問には答えずソファーのある場所へと戻っていってしまった。

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