【25】4日目(火)
得意気な顔をした一樹さんがちゅん太の巨大な体をポンポンと叩いてこちらを見ていた。
私は無意識のうちに駆け出すと、彼の胸を目掛けて思い切り飛び込んだ。
彼は私のことを少しもよろけることなく受け止めてくれて、タオルの巻かれたままの頭をちゅん太にそうしたようにポンポンと撫でてくれる。
「とりあえず頭、乾かしておいで」
彼にそう言われなければ、私はずっとこうしていたかった。
男の人とこんな距離感で接したのは生まれてはじめてだったのに、何故かすごく懐かしい気がする。
もしかしたらそれは、お母さんの記憶なのではないだろうか。
そんな馬鹿なことを考えていると頭に巻いたタオルがズルズルとずれて足元に落ちてしまった。
洗面所で髪を乾かしてリビングに戻ると、彼は入れ替わるようにお風呂へと行ってしまった。
シャワーを使う音が聞こえたのを確認してから、私は満を持して思いきりちゅん太の体に飛び込む。
私の身体はほとんど球体のちゅん太の中に八割ほどめり込み、その直後には飛び込んだ時と同じ速度で跳ね返されて床に尻もちをついてしまう。
お尻を撫でながら立ち上がると、今度はゆっくりと両手を広げてちゅん太に抱きつく。
マシュマロのようにすべすべとして柔らかな感触が身体の前面に感じられて、少しだけケミカルな香りが鼻の奥へと入ってくる。
「……ちゅん太」
ちゅん太に半分埋もれたままでテレビのバラエティー番組を見ていると、頭をタオルで拭きながら洗面所から出てきた彼がこちらをじっと見ていた。
「食べられてないから大丈夫ですよ」
「……ならいいんだけど」
彼は一旦キッチンに行ってビールを手にして戻ってきた。
「沙百合ちゃん。電話また借りてもいい?」
スマホは三十秒後に無言で返されたのだが、私がそれについて何かを言うことはしなかったのは、そのことをなんとも思わなかったからだ。
「ロールケーキあるけど、食べる人は挙手」
そう言いながらすでに手を挙げていた彼に倣って、私も小さく手を挙げると二人でダイニングに移動した。
こんな時間に食べるロールケーキは罪悪感に比例して美味しかった。
「沙百合ちゃん。俺ちょっと部屋で仕事してるから、眠くなったら先に寝てて」
冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出した彼はそう言って自室へと戻っていってしまう。
こんな時間なのに今からお仕事をするのだという。
居候の私だけテレビを見ているというのもなんかだ申し訳無い気持ちだったが、今はまだ、もう少しだけちゅん太の胸の抱かれていたかった。
つけたままになっていたテレビはいつの間にかニュース番組に変わっており、頭の良さそうなおじさんが真面目な顔で難しい話をしていた。
テレビをリモコンで消してからちゅん太の元に戻ってくると、彼の小さな足に白いタグが付いているのが見えた。
何気なしに見たそれには『
ホオジロという聞き覚えのない言葉に、すぐにスマホで検索をして画像も見つけた。
そこには――スズメによく似た鳥の姿があった。
「……」
私はそっとスマホの画面を消すと、今見たことは全て忘れて再びちゅん太お腹に顔を埋める。
「ちゅん太はちゅん太だよ」
お母さんが迎えに来てくれた時このぬいぐるみを見たらなんと言うだろうか。
お母さんが何と言おうがちゅん太は絶対に持って帰るつもりだったが、そもそもドアを通るサイズではないような気がする。
次に買い物に連れて行ってもらった時に、大きいサイズの布団圧縮袋が売っていないか見てみよう。
もしそれが手に入らないようなら、ちょん太は一樹さんの家族に迎えてもらうしかない。
だったら、私も一緒にそうしてもらおうかな……。
一樹さんとお母さんが結婚すれば一気に四人家族になるし、もしお母さんが彼と結婚をする気がないのなら――。
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