【20】3日目(月)
ご飯のあとは部屋に戻ってテスト勉強をしていた。
それは彼とのさっきの出来事で気まずかったというのもあるが、来週の月曜からのテストに全く自信がなかったというリアルな事情もあった。
お母さんは昔から勉強が出来たみたいで、こと学習に関しては口うるさく言ってくる節があった。
今通っている高校も、少しだけ無理をして何とか合格した進学校だったので、学校内の成績に関していえば私はあまり優秀ではなかった。
それでも先生は頑張れば第一志望の国立大には手が届くと言ってくれていたので、あまり勉強が得意でないなりに一生懸命がんばっているつもりだ。
ただ今回のテストは諦めたほうがいいかもしれない。
何故ならテキストと向き合っている今も、その内容は右から左へと流れるだけで全く頭の中には留まってくれていないから。
それでも二時間は机に向かっていたが、これ以上やってもただの時間の無駄でしかないことをようやく理解し、小さなため息をつきながらテキストとノートを閉じるとリビングへ向かった。
そこに彼はいなかった。
代わりにテーブルの上にメモと鍵が置かれている。
『今朝はごめんなさい。仕事に行ってきます。』
まるで夫婦喧嘩中の夫のようなそれに、思わず声を出して笑ってしまった。
一樹さんの年齢はお母さんと同じだろうから、大体で私の倍くらいだろう。
彼からはそのまでの年齢差を感じさせなかったし、今朝のように子供っぽいところすらあるように感じる。
少し顔が恐くてガッシリとした身体をしていて、それでいてすごく優しくって。
お母さんは、彼のどこが好きで付き合っていたのだろう。
一樹さんは、お母さんのどんなところが好きだったんだろう。
朝ご飯が少し遅かったからお昼ご飯はパスすることにした。
代わりにというわけではないのだが、少しだけこの辺を散歩しようと思い家を出る。
エレベーターホールで――恐らく――ここの住人の女性と会釈を交わしてすれ違うと、しばらくして後ろから視線を感じた。
きっと、見慣れない顔の私がエレベーターから降りてきたので気になったのだと思う。
それに今日は月曜日だし、中学生のような見た目の女の子が私服でこんな時間にいれば気になるのは当然だろう。
そういえば一樹さんには年齢を言っていなかった気がする。
多分、彼も私を中学生かそのくらいだと思っているんじゃないだろうか。
さっきお風呂で裸を見たことで、それが確信に変わったかもしれない。
だって上も下も子供みたく
『あなたももう少し年を取れば、若く見られてよかった! って思う時がくるよ』とはお母さんの談だが、今は逆に大学生くらいの容姿だったらよかったのにとすら思う。
外に出たのはいいが、どこに行くかなどは全く決めていなかった。
地図アプリで確認しても、近くにはコンビニとスーパーくらいしかないみたいだし、早速路頭に迷う羽目になってしまった。
マンションの駐車場には彼の車が止まっているので、きっと電車で会社に通っているのだろう。
地図で駅を探すと一キロくらい先にそれっぽいものを見つけた。
行くあてもないし、散歩のついでにちょっと駅まで行ってみよう。
ナビゲーションの指示に従って歩いているとあっという間に目的地に到着してしまった。
そこは思ったよりも小さくって、お母さんと別れたところともまた違って、でもとても綺麗な駅だった。
駅前のベンチに腰を下ろすと、駅を出入りする人をぼーっと眺めてみた。
もしかしたらその中にお母さんが居るかもという、有りもしない期待をして。
ここにくる途中も電話をしてみたが、遂には留守電ですらなく電源が切られてしまっていた。
もしかしたら私は本当に捨てられてしまったのかもしれない。
今の時代にそんな事は出来ない事はわかっていたが、物理的にではなくて精神的というか、家族としてそうなる事はありえると思う。
だとしたら私はどうしたらいいんだろう……。
一樹さんの家にこのまま置いてもらう?
学校を辞めて働く?
それとも、もし彼がいいって言ってくれるのなら、彼と――。
自分でも少しおかしくなっているのはわかっていた。
これでは来週のテストは本当に下から数えたほうが早いような成績になってしまうかもしれないけど、もはやそんなことはもうどうでもいいのかもしれない。
一人で居るとどうにかなってしまいそうだった。
いつの間にか――といったら嘘になるが――空は闇に覆われていた。
スマホの時計は六時を表示している。
電話帳に登録した彼の番号に電話をするとすぐに出てくれた。
『どうしたの?』
懐かしい声が私のことを心配してくれている。
「駅まで迎えに行ってもいいですか?」
今もう駅にいるなどと言えば彼を困らせてしまうだろうから嘘をつく。
『わかった。じゃあ今が七時だから――七時半くらいになるけど』
「わかりました」
『あ! 待って! 玄関のシューズボックスの横に懐中電灯が掛かってるから』
嘘がバレないように結局一度マンションに戻って、懐中電灯を手にしてまた駅まで走って戻る。
私は本当に馬鹿になってしまったのかもしれない。
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