【17】2日目(日)
必要な買い物は大体終わった。
少なくとも、これで今夜からは着る物が無くて困るということはないはずだ。
「ついでに晩飯も食べて行こっか。何か食べたいものってある?」
実はさっきフードコートの前を通った時に気になっていたお店があった。
それは少し前にネットで話題になったことのあるクレープ屋さんなのだが、思い切って彼にそこでいいか聞いてみる。
「俺は何でもいいよ。じゃあ、そこにしようか」
勇気を出して聞いてみてよかった。
私はいちごと生チョコクリームのクレープを注文したのだが、彼が頼んだのはちょっと何なのかはわからない。
きゅうりかピクルスの断面が僅かに顔をのぞかせているから、しょっぱい系のクレープなのは間違いないと思うのだけど。
フードコートのテーブルに向かい合って座ると各々クレープにかじりつく。
スライスされた甘酸っぱいいちごがふんだんに使われたそれは、ネットの評判で膨らんでいたを裏切らないどころか大きく上回る美味しさで、あっという間に半分食べてしまった。
「どう? 美味しい?」
何故か真顔をした彼にそう聞かれ、素直に「すごく美味しいです」と答える。
彼はまだ一口しか食べられていないクレープを手にしたまま動く気配がなく、もしかしたら私に合わせて無理に付き合ってくれていたのかもと、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
彼の手元を見たままだったからだろうか、彼は「食べてみる?」と言って自分のクレープを私に渡してくれた。
そんなつもりではなかったのだが、そのまま返すのは気が引けたので一口だけ貰うことにする。
口を近づけると、ツナマヨネーズと海藻のような匂いがした。
彼が真剣な眼差しでこちらを伺っていて少し食べにくかった。
「いただきます」
パクリと食いつくと、思っていた通りにツナマヨともずくの味が口の中いっぱいに広がる。
それだけなら大して美味しい物ではなかったのかもしれないが、クレープ生地とそれとの相性が尋常ではなく感動を覚える程に美味しかった。
「……おいしい」
脳と口とが直結し、我ながらとてもシンプルな感想を口にしていた。
何故か彼は可哀想なものでも見るような慈愛に満ちた眼差しを向けると「俺、お腹空いてないからよかったら全部どうぞ」と言ってくれる。
代わりに彼にも私のクレープを食べてもらった。
最終的には彼の分と自分の分のクレープのほとんどを一人で食べてしまった。
フードコートを出てすぐのところに大きな雑貨屋さんがあった。
そういえばシャンプーとコンディショナーを買い忘れていた。
それに彼にクレープのお礼もしたかった。
「見てみる?」
雑貨屋の入口で足を止めた私に気づいてくれた彼がそう言ってくれた。
店内は外観以上に雑多なもので溢れかえっており、そのどれもが楽しそうだったり可愛かったりするのだが、本当に欲しいかと聞かれて首を縦に振るようなものはあまりなさそうだった。
目当てのシャンプーとコンディショナーを胸の前に抱え、迷路のような店内を最短距離とはいえない道のりを経てレジへと向かう。
二度ほどそのまま店外へ出てしまいそうになったが、ようやく辿り着いたレジで精算をしてもらっていると、レジのすぐ横の壁に大量に吊るされているキーホルダーが目に入った。
かわいい猫の形をしたそれの顔はお母さんにとてもよく似ていた。
「すいません。これもください」
買い物を済ませてレジの脇から店の外に出ようとした、その時だった。
頭上に異様な圧迫感……というか質量のようなものを感じた。
見上げるとそこには運動会の玉転がしの玉と同じくらいのスズメが私のことを見下ろしていた。
(……ちゅん太)
そのスズメは小学生だった頃に家の庭先で弱って落ちていたスズメのちゅん太に瓜二つだった。
「……沙百合ちゃん?」
声が聞こえたほうを見ると、いつの間にか彼が私の横に立っていた。
スズメと彼とを交互に見たが、スズメのほうが全然大きいくらいだ。
すごい。
「これ、車に乗りますか?」
そんな私の馬鹿な問いに彼は困った顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます