【16】2日目(日)
どこか遠くで人の声のようなものが聞こえた気がするが何も見えない。
すぐに自分が目を閉じているからだということに気がついた。
そっと瞼を開けると光で視界が満たされる。
少し目を細めると、彼が目の前に立っているのが見えた。
次に気がついた時にはダイニングの椅子に座ってペットボトルのお茶を口にしていた。
テーブルの上には空になったコンビニのお弁当の容器が置かれている。
昔からお昼寝をした時は起きてからの記憶が欠落している事があったので、きっと今日もそれなのだろう。
冷たい水で顔を洗えば目が覚めるかも知れない。
頑張って立ち上がってはみたが、まるで生まれたての馬か羊のように自分でもびっくりするくらい真っ直ぐに歩けなかった。
顔を洗ってから歯磨きもして、ようやく夢から現実世界に戻ってくることが出来た。
また彼に迷惑を掛けてしまったかもしれない。
洗面所から出ると彼がテーブルの上を布巾で拭きながら今からの予定を教えてくれた。
近くにあるショッピングセンターに買い出しに連れて行ってくれるという。
急いで部屋に戻ると手櫛で髪の毛を整えながら、リュック似お財布とスマホを入れてリビングにとんぼ返りする。
彼はもうジャケットを羽織って待っていてくれたようだった。
「車廻してくるから、ここで待ってて」
彼はそういうと一人で駐車場に方に駆けて行った。
少しすると黒い大きな車が目の前に止まり、彼が運転席で手招きしているのが見えた。
ドアを開けて助手席に乗ると、彼は車についている画面を操作してから車を発進させる。
車は一旦大通りに出た後、すぐに細い道に入っていく。
昨日タクシーで通った道とは違うそこは、何となく通学路の風景に似ている。
一昨日までの、普通に朝起きて学校に行っていた生活が早くも懐かしく感じてしまう。
住宅地のような場所をしばらく走っていると急に視界が大きく拓けて、ガードレールの向こうに海が広がっていた。
「……あれって、海ですか?」
私の質問に、彼はそれが汽水湖であると教えてくれた。
汽水湖は確か、海水と淡水が合わさったような水質の湖だと社会の授業で習ったような記憶がある。
湖といっても奥の方には船も浮かんでいるし、水面には海のように波が立っているようにも見える。
すぐ手前の浅瀬には竹のような棒が水面から沢山生えていたので、それが何なのかも聞いてみた。
「多分だけど、海苔を養殖してるんだと思うよ」
「……のり」
湖面の竹と海苔とがどうしても結びつかなかったが、そんなことまで聞いてしまったら
そういえば海苔がどうやって作られているのかなんて、今までの人生で一度も考えたこともなかったけど、少なくともあの形状で海を泳いではいないのだろう。
「着いたよ」
海苔の事を考えているうちにいつの間にか目的地に到着していたらしい。
目の前には私の通う学校の五倍くらいはありそうな白く大きな建物があった。
うちの地元にはこれだけ大きな商業施設はなかったので少し緊張してしまう。
彼は建物の脇にある急角度な坂道を使って、車を屋上の駐車場へと上らせた。
そこには見渡す限りに車が駐められていて、私ひとりだったら多分二度と車には戻ってこれなくなるだろう。
彼は隅っこにあったスペースに器用に車を駐めると、再び「着いたよ」と言った。
車から降りた途端、風に乗って海の匂いがした。
「後ろついてくから、好きに見ていっていいよ」
そう言われてもどこに何があるのかわからないのだが、こういうところではとりあえずそれっぽいお店に片っ端から入っていくのが正解なのだ。
お金は家を出る前にお母さんに多めに持たされていたのだが、どうやら昨日彼に渡した封筒にも私の生活費が入れられていたらしかった。
かといって何でもかんでも選んでいたら、すぐに予算をオーバーしてしまう気がした。
だって、ここのショッピングセンターのお店に置いてある商品は、どれもこれも素敵だったから。
いくつかの店で必要そうな小物を買って、メインの洋服はテレビで見たことのある若い女性向けのお店で買い揃えることにした。
あとは下着の類が欲しかったのだが『下着のお店も見ていっていいですか?』と直球で言う勇気はなかったし、そんなことを言われたら彼も困ってしまうだろう。
「ちょっとそこのお店に行ってくるから、待っててもらってもいいですか?」
ずっと私の後ろをついてきてもらっていたのに、急にそう言うのは少し不自然だったかもしれないけど仕方がない。
彼が通路に置いてあるベンチに腰を掛けるのを確認してから、すぐそこにあるランジェリーショップに駆け込んだ。
正直なところどんな下着でもよかったのだが、ここに置いてあるのは私が普段着けているようなカジュアルなものはないみたいで、どれもこれも大人びたデザインのものばかりだった。
結局は店員さんに選んでもらって、このお店に置いてあるものの中では大人しめなデザインのものを2セット購入した。
大人しめといっても、普段履いているものよりも布の面積は半分くらいで、レジで精算している時になって急に恥ずかしくなってくる。
でも、すごくかわいいのが買えたから満足だった。
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