【15】2日目(日)
目が覚めてすぐに、自分が今どこにいるのかを思い出す。
カーテンの隙間から漏れている光の色と角度で、少なくともいつも起きているよりは遅い時間なことがわかった。
自分ではあまり意識していなかったけど、きっとすごく疲れていたのだと思う。
ベッドから起き上がるとカーテンを開けてみた。
当たり前ではあったが、そこには見たことのない景色が広がっていた。
田舎か都会かで言えば間違いなく田舎なのだろうけど、すぐ目の前にはコンビニの看板が見えているし、昨日も駅からタクシーで五分くらいでここに着いたので、ちょうど静かで暮らしやすい環境なのかもしれない。
ずっと向こうに見える青いあれは海だろうか?
もし彼と雑談をするような機会が出来たら聞いてみよう。
パジャマ代わりのパーカーのまま部屋を出ると、リビングのソファーに彼が背を向けて座っていた。
挨拶をしようと思ったが、出来ればその前に洗顔と着替えくらいはしておきたかったので音を立てないように静かに洗面所に向かった。
顔を洗う前にタオルを用意しておこうと思い、昨日彼に教えてもらった洗濯機の横の棚から一枚のそれを取り出す。
その時ふと洗濯機の上に目が行く。
そこには見覚えのある小さな塊があった。
それは私の下着で――多分だが――洗濯をされた上で四角く畳まれている。
昨日お風呂から出た後、バスタオルは洗濯機の横にランドリーバスケットがあったのでそこに入れたのだが、下着はパーカーのポケットに入れた記憶があった。
ポケットからこぼれ落ちたそれを彼が拾って洗濯してくれたのだろ……う。
なんて間抜けで恥ずかしい事をしてしまったんだろう。
(あとでお礼いっておかないと……)
私は大きなため息をついた後、丁寧に畳まれていた下着を履いてから洗顔と歯磨きを済ませ一旦部屋に戻った。
着替えを済ませリビングに行くと改めて彼に挨拶をする。
「俺も着替えてくるから、悪いんだけど冷蔵庫にあるものを適当に温めておいてもらっていい?」
そう言うと彼は立ち上がって自分の部屋へと行ってしまう。
冷蔵庫の中に入っていたお弁当を二つ取り出して電子レンジで温める。
ダイニングテーブルの上にカップスープがいくつか置かれていたのでお湯も沸かしておいた。
程なくして戻ってきた彼と向かい合って朝ごはんを食べた。
「沙百合ちゃんは何か好きな食べ物ってある?」
そう聞かれ少し考えた後に「ハンバーグが好きです」と答えた。
あまりにも子供のような返答をしたことをちょっと後悔したが、彼と初めて雑談的な内容の話をしたことで、少しだけ気が楽になった気がする。
朝ごはんを食べた後、彼がお母さんに電話をしたいと言ってきたのでスマホの着信履歴画面を表示して彼に渡す。
「――事情はわからないけど、とにかく連絡ください」
留守電にそう吹き込むと彼はスマホをこちらに返してくる。
「沙百合ちゃん。学校ってどうなってるの?」
彼に学生だと言った覚えはなかったのだが、容姿から察するに聞くまでも無いと思ったのだろう。
実際のところ、未だにもって中学生料金でバスに乗れそうなほどに幼い容姿をしていることには自覚があった。
お母さんも童顔なのできっと遺伝なのだろう。
それはそうと、学校は来週いっぱいは休みを貰っていることを説明する。
彼はそれ以上何も言わなかった。
「沙百合ちゃん、あの部屋使っていいから。Wi-FiのIDとパスは……」
『自分の部屋』に戻るとベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。
昨日の朝からの様々な出来事を思い返してみるが、どれもこれもが現実感に乏しいことばかりだった。
知らない町の知らないマンションの知らない部屋であまり知らない人と一晩を明かして今ここにいる私は、本当に一昨日までの私と同じ私なのだろうか。
(……何も考えたくないかも)
机の椅子に座るとリュックからペンケースとノートを取り出す。
スマホでオンライン授業のアーカイブ動画を再生し、画面の中の先生が板書した文字や図形をひたすらにノートに書き写した。
内容はまったく頭に入らなかったが、書き取りに集中している間は余計なことを考えないで済んだ。
一時間ほどそうしていた。
お手洗いに行きたくなったので一旦授業を中断して部屋を後にする。
リビングやダイニングに彼の姿は見えない。
お手洗いから戻ったあと、部屋には帰らないでリビングのソファーに深く腰掛けてみた。
ガラス戸を通り抜けた日差しが部屋の空気を温めてくれているのか、暖房が入っている様子はないのにすごく暖かかった。
このソファーもうちにあるやつと違って、クッション部分にバネが入っているみたいで座り心地がすごくいい。
行儀が悪いことは承知の上で、少しだけ横になってみた。
彼は自分の部屋にいるのだろうか。
それともどこかに出かけてしまったのだろうか。
もし、お母さんが本当に一週間戻ってこないとすれば、私はそれまでずっとここに居てもいいのだろうか。
彼は私のことをどう思っているんだろうか。
厄介者だと思っているのか、それともかわいそうだと思っているのか、それとも……。
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