Endress Summer ~終わらない夏~ 番外編 その後
樹木緑
Endress Summer ~終わらない夏~ 番外編 その後
僕は壁沿いからチロチロと中を覗いては隠れ、
覗いては隠れしていた。
「お前の実家だろ?
堂々と入って行ったらどうなんだ?」
後ろで矢野君があきれたようにして僕のそんな姿を見ていた。
「だって、急に結婚の報告なんて、
恥ずかしいじゃん!」
そう言ってまた外から中をジーっと伺っていると、
「あんちゃん達、なんばしよっとか?」
と、後ろから数人の男の子達が声をかけてきたので、
びっくりして飛び上がった。
「ギャッ!」
そんな僕を目を丸々としてその少年たちは見ていたけど直ぐに、
「あれ~? 陽向兄ちゃんたい!
こぎゃんとこで、なんばしよっとか~?
園長しぇんしぇ~! 陽向兄ちゃんが来とっとばい!」
そう言って僕を見て二カッと笑った。
「あれ? 君……」
そう言う僕に目をキラキラとさせながらその少年は
うん、うんと頷いて、
自分の名前を呼ばれることを今か、今かとして待っていた。
「え~っと……」
そう言う僕の後ろで矢野君が、
「お前さ、もしかして……
一緒に育ってきた弟を……
忘れたってことは無いよな?」
そう言って仁王立ちで僕の事を見下ろしていた。
そんな僕達のやり取りを見ていた少年が、
「ほなこて、陽向兄ちゃんは、いっちょん変わらんね~
ばってん、そこのハイカラな兄ちゃんは誰ね?」
と矢野君を指差して尋ねたので、
「あ、この人はね~」
と言いかけたところで、
「あら! 陽向君、来てたんだったら、
入ってきなさいよ~
お客様をそんなところで立たせて~
矢野君だったわよね?
お母さまからお電話いただいたわよ~
ご丁寧にどうもありがとう~」
と中から、園長先生が顔を出した。
彼女の顔を見た途端、
何だかホッとしたのか、
久しぶりに会えてうれしかったのか、
「ウワ~ン」
と泣き出してしまった。
園長先生は、
「あら、あら、陽向君はちっとも変わらないわね~」
と言って目を細めていたけど、
そんな僕の横にサッと矢野君は出て来て、
「初めまして、
矢野光と申します。
これ、つまらないものですが……」
と言ってお土産に持って来た東京のお菓子を園長先生に渡した。
すると、さっきまで一緒に話していた少年が、
「なんか?、これ? 食べてよかっか~?」
と尋ねてきたので、
「淳君、先ずはお手洗いと、うがいでしょ?」
という園長先生の言葉に、
「あ~! そう言えば! この顔!
ガキ大将だった淳也君!」
とやっと思い出した。
「なんか、陽向兄ちゃん、
やっと思い出したっか?
やっぱ兄ちゃんはアンポンタンね!」
そう言う淳君の後ろで、
矢野君がクックックと笑いをこらえていた。
「お前、年長さんでしっかり者じゃなかったのか?」
矢野君が僕に耳打ちしたのを聞いた淳君が、
「兄ちゃん、陽向兄ちゃんは
いっちょん、しっかり者じゃなかったとばい!
どっちかって言うと、
ぬけさくだったっばい!」
と矢野君に耳打ちしたので、
矢野君は僕を見下ろして、
お腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと! 淳君!
矢野君に変な事吹き込まないでよね!」
そうプンプン怒る僕に、
「福岡弁勉強しておいてよかったよ。
凄い方便だな。
しかし、お前ってやっぱり……」
と矢野君が耳打ちした後、
また笑いだした。
真っ赤になって淳君を睨みつける僕に
園長先生が苦笑いしながら、
「ほらほら、二人共、
表に立ちっぱなしもアレだから、
さ、さ、中に入って!」
そう言って中に通されると、
矢野君は茉莉花さんに言われたように、
床に正座をして園長先生に結婚の挨拶をした。
そうなのだ。
ここに来る前、
矢野家ではひと悶着が起きたのだ。
それは、ある日の週末に起きた。
「陽向く〜ん!」
僕が薔薇の花の剪定をしていると、
茉莉花さんが何やらソワソワとしながら僕の住む離れのコテージへやって来た。
彼女は相変わらず少女の様に可愛い。
ヒラヒラとしたレースのスカートをフワリとさせて、
ハ~ハ~と肩で息をしていた。
「あれ? 茉莉花さん!
どうしたんですか? そんなに慌てて?!
今日は忙しいって言ってませんでしたか?」
「いや、忙しいのは忙しいんだけどさ~、
ねえ、ねえ、陽向君てさ、
12月の20日って空いてるのかな〜?と思って」
と、彼女が何やら計画しているような感じで尋ねた。
“矢野君の快気祝いかな?”
その時はそう思っていた。
実際に矢野君が目覚めて家へ帰って来たのは先週の事。
この時で11月末。
「え? クリスマス前ですよね?
どうだろ? まだバイトの予定は出てないと思うんですけど……
クリスマスの時期だから忙しいんじゃないかと……」
そう言った途端目をキランとさせて、
「じゃあ、今のうちにお休みのリクエストしておいて!
いや、いっそ私がいちゃんに掛け合うか?
う~ん、どっちにしろ、来月の20日は絶対開けておいてね!
バイトなんて入れちゃダメよ!」
そう言って忙しそうにまたスカートのすそを
ヒラリとかわして本館の方へとかけて行った。
実に軽やかなステップだ。
“変なの〜”
そう思ってクスっと笑った。
矢野君が帰って来て以来、
僕は矢野君の家へ夕食をご馳走になりに行く様になっていた。
佐々木君も頻繁にやって来る。
その日も同じように食事に行った。
そしてそれは起こった。
「皆〜 来月の20日は結婚式だから〜
何も予定入れないでね!」
皆が席に着いた途端、そう茉莉花さんに言われた。
“へっ? 結婚式? 快気祝いじゃなく?
でも……誰の?!”
皆一斉に
“へっ?”
としたような顔をして茉莉花さんの方を向いた。
「どなたの結婚式なんですか?
僕の知っている方ですか?」
そう尋ねると、
「何言ってるのよ〜
あなたと光の結婚式よ〜」
と来たもんだ。
皆一斉に
「え~~~!!!!!」
と驚いたけど、
一番驚いていたのは矢野君だった。
「は? 何勝手に決めてるんだよ!
結婚なんてまだ先の話だろ?
第一、俺達まだ学生だぞ?」
そう言う矢野君に、
「学生が何よ!
私なんて学生結婚だし、
矢野家、佐々木家、結婚は早いの知ってるでしょ?
創始者の浩二お祖父ちゃんの奥さんの陽一お祖母ちゃんだって、
高校生で妊娠よ?
陽一お祖母ちゃんのお母さんだって
高校生で陽一お祖母ちゃんを産んだのよ?
そのお母さんだってそうだよ?
それに比べたら、大学生なんてオジサンよ!」
と言って茉莉花さんは鼻で笑った。
でも矢野君も負けずじまいで、
「今は時代が違うんだよ。
それに男同士だぞ?
そこまで式にはこだわらないよな?」
そう言って僕に同意を求めようとする矢野君に、
「何言ってるのよ!
プロポーズしたくせに。
知らないとは言わせないわよ!
ちゃんと聞こえたんだからね!
それに来週末には福岡よ!
人様のお子様をもらうんだから、
それなりのお披露目はしないとね!」
そう言って茉莉花さんは鼻息をフンと大きく噴き出した。
僕は茉莉花さんのその姿が可笑しくて笑いを堪えていたけど、
「へ? 福岡?」
との矢野君の言葉にハッと我に返った。
“福岡……?って僕の出身の?”
そう思っていると、
「そうよ、陽向君の出身なのよね?
施設の横山先生に挨拶しておいたから、
2人で挨拶に行ってね。
光! あなた、
ちゃんと陽向君を下さいって土下座してお願いするのよ!」
と言うのが僕達が福岡を訪れることになった全望だった。
そんな結婚のあいさつ回りも、
あれよ、これよとしている内に終わり、
僕と矢野君はホテル・スプリングヒルの
大広間で来客の皆様に挨拶を交わしていた。
その日の12月20日は僕達の結婚式だった。
僕達は男同士だったので、
式というものにあまり知識や思い入れが無かったので、
全ては茉莉花さんのプロデュースで行われた。
でも矢野君は後で後悔していた。
なんと、招待客は500人。
それも僕の知らない人ばかり……
福岡から出てきた皆は、
あまりにもの豪華さに、
隅で小さくなっていた。
大学の友達も右に同じだ。
それに茉莉花さんのプランときたら、
“一体、何時の時代?”
というようなお披露目ばかり……
スモークの炊き込める中、
金のゴンドラに乗って二人で降りてくるシーン、
大きなハートのキャンドルに火を灯すシーン、
思いでのアルバムのスライドショー、
世界一大きなウェディングケーキのカットなど、
もう茉莉花さんのテイストそのものだった。
ただ、指輪の交換の部分で、
前にαとΩの男性同士の結婚式で見た
チョーカーの事はどうしてもやりたかったので、
そこは茉莉花さんに譲ってもらった。
その結婚式では、
新郎が新婦のチョーカーを外していたけど、
僕は逆で、矢野君に一花叔母さんのチョーカーを、
もう一度祭壇で嵌めてもらった。
僕は色々と楽しかったけど、
矢野君は茉莉花さんのプロデュースに怒り続きだった。
そんな結婚式から5年後。
僕は病室のベッドに横たわり、
隣でスヤスヤと眠る二人の赤ちゃんを横目で見ていた。
兄の名を弘樹
そして
妹の名を日葵
僕と矢野君、二人共名前は
“ひ”
という字で始まるので、
子供たちは皆、
ひという字で始まる名前にしたかった。
そして生まれた双子に僕達は、
弘樹、日葵と名前を付けた。
僕は二人を見つめながら、
“いつか二人に一花叔母さんの話と、
僕達の不思議な経験を話してあげよう……”
そう思いながら静かに目を閉じた。
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