第4話 騒がしいのは大人だけ

 大人の社会ではちょっとした事件で騒然としてるけど、クラスでは親友のトモに聞かれただけだった。

「マリ、きのう事故に遭ったって、大丈夫?」

「なんともないよ。頑丈だから。元気でしょ?」

「よかった~。ところでさ、あつ森だけどさ──」

 トモはあつ森に夢中だ。わたしもときどきトモと遊ぶけど、わたしは彼氏に夢中だし、彼氏はゲームとサッカーに夢中だし、わたしたちはわたしたちの小さな世界でいそがしいのだ。


 授業を聞いているとき、ふと、ほんとに15時すぎて5分間以内に「捧げ祈り叫び」をしなかったら、わたしは死ぬのだろうかと思った。

 地獄絵図の血の池はリアルだったし、事故が夢だったとは考えられない。

 事故はたしかにあったのだ。

 うそっぽさがあるとしたら、あのクマのぬいぐるみではないか。ほんとうに奇跡的にぶつかりかたがよくて、血はでたけど死ななかったのではないか。あのクマのぬいぐるみは、わたしが致命傷をおっていると、うそを言ったのではないか。

 疑うのはわたしの自由だったけど、チャンスは1度きり。「捧げ祈り叫び」を怠って死ぬかもしれないのはわたしなのだ。

 うそだと決めつけてやらないで死ぬのはいやだった。でもうそだったら、やらなくていい「捧げ祈り叫び」をしないですむ。

 「捧げ祈る」のは平気だ。だれにも迷惑がかからない。見ようによっては信じて祈るすがたって美しい。

 でも「叫び」だ。叫ぶのはまずい。まわりの人を驚かせて怖がらせる。戦慄させる。無意識に叫ぶのではなく故意に叫ぶのだから罪が重い。

 うわのそらで授業を聞いて、お昼になってお弁当を食べて、いよいよもって午後が訪れた。


 わたしは昼休みの時間に体育館の前の花壇に行った。彼氏と会う約束の場所。来れないときはLINEで知らせるルールにしている。

 いつもどおり、わたしがさきに着いて、彼氏があとから来る。そしてきのうあったことLINEでぜんぶ知ってるけどふりかえって話す。わたしがなにより好きな時間だ。

 彼氏の話はだいたいサッカー。そしてときどきドラクエとモンハン。

「マリ、きのうね、練習試合でゴール決めた。イメージしたとおり、ボールに回転が入って狙いどおりネットのすみに決めたんだ。動画あれば見せたかったな」

 無邪気に笑って話す彼氏。練習とはいえコロナで観戦が制限されて見に行けないわたしを気づかってくれているのか、そんなの関係なく本心から動画で見せたかったのか、どっちなのかわからないけど、うれしそうに話す彼の横顔がわたしは好きだ。

 チャイムが鳴るなり彼氏の頬にキスする。

 それじゃと言って、クラスに戻る。


 14時ころ、わたしは決意して体調がかんばしくないふうを装った。

 体力100%なのに具合がわるそうに演出することに罪の意識を感じるけど、やるしかなかった。

 わたしは14:05に挙手した。

 気分がすぐれないので早退させてほしいと言った。先生は保健室に行きなさいと、わたしを送り出してくれた。

 親友のトモが心配そうにわたしを見るので大丈夫と目くばせした。

 保健の先生は手ごわかった。しばらく横になりなさいと親身に介抱してくれるから時間があやうい。もう14:30になっている。

 きのう事故に遭ったことを説明して、疲れたから家に帰りたいと話すと、先生はすぐに納得してくれた。

 ぜんぶ入念な計画どおりだった。

 はじめての「捧げ祈り叫び」は今後のわたしの生きる指針になる、はずだった。保健室のそと、廊下で彼氏が待っていなければ──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る