第3話 毎月0と5の付く日に

 精密検査で異常は見あたらなかった。

 医師は冷静に、信じられませんが怪我もなく健康そのものです、と説明してくれた。

 両親は必死の形相で駆けつけてくれた。

 お母さんは髪がぼさぼさに乱れ、お父さんは全身が汗でびしょ濡れだ。

「マリ!」

 そう言ってお母さんは飛びつくなり、わたしをつよく抱きしめて泣きじゃくった。

「よかった!生きててよかった!」

 お父さんは目を真っ赤に腫らしている。

 仕事人間のお父さんが忙しい平日の昼間になりふりかまわず飛んできてくれたことがうれしかった。

 わたしは両親に深く深く愛されていることにあらためて気づき、涙があふれた。死にたくなかった。生き残ることを選んでよかった。あのクマのぬいぐるみのおかげだ。あのクマのぬいぐるみが生きるための条件を教えてくれたからだ。

 わたしはそこまで考えて、今日は何日だろうと疑問に思った。

 体はなんともないけれど、事故のショックで度忘れしてしまったのかもしれない。

 涙と鼻水をたらす母に聞くと、

「今日は4日よ。それがどうしたの?」

 とほほ笑んでこたえる。

 明日が「毎月0と5の付く日」だ。今日は大丈夫。

「そうだった4日だった。なんでもないよ」と母にこたえる。

 わたしはありがとうとお父さんのむねにもたれかかった。

 お父さんはわたしをそっと抱きよせてくれた。

 お父さんが泣いているのがわかったけど、わたしも泣いていた。



 翌日から取材の申込がくるようになった。

 ぜんぶ断った。

 そっとしておいてほしかったのだ。

 わたしはこれまでどおり、ふつうの生活をおくる。

「捧げ祈り叫ぶ」以外はふつうの生活を──。

 はじめての「5の付く日」の朝だから緊張した。


 選択肢は2つ。


 ①授業中にトイレにぬけだして「捧げ祈り叫び」

 ②学校を休んで公園で「捧げ祈り叫び」


 ①はリスクを伴う。授業中は静かだから捧げ祈ることはできても叫べない。クマのぬいぐるみは「全力で」と言った。あの文言を全力で叫ぶのはまずい。


 ②はアリかなと思った。きのう事故に遭ったばかりだから両親も休んだらと言ってくれている。でも彼氏に会いたかった。死んでいたら会えなかったのだ。早く会いたかった。だから②はナシになった。


 わたしは①を選び、午後早退する作戦を考えてみた。

 途中で具合がわるくなったふうを装って帰宅。途中の公園で「捧げ祈り叫び」するのだ。

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