第2話 地獄絵図の血の池、よみがえる女の子

 わたしはアスファルトに倒れていた。

 そばに女性がいる。声でわかる。

「もうすぐ救急車がくるわ!がんばるのよ!もうちょっとよ!」

 年齢はわたしの母親くらい。わたしを介抱してくれているようだった。

 たしかわたしはドアを開けたはずだった。

 見渡すかぎりの光の充溢にのみこまれたはずだった。

 あの光を思い出すと、空気が震えるような声が聞こえた。

 ──立ち上がれるはずだ。

 クマのぬいぐるみだった。

 すがたが見えず、声だけが聞こえる。

 ──立ち上がって歩み進め。天に捧げ、祈り叫ぶのだ。良いな。


 意識が朦朧とする。

 わたしがゆっくり起きあがると、女性はくちを開けて目を見開いた。

 アスファルトは血まみれだった。

 地獄絵図にあるような血の池だった。

 白いTシャツとジーンズも赤く染まっている。

 手足が黒っぽい血のりでべっとりだから、おそらく顔もだろう。

「あなた、だい、じょぶなの?」

 女性はうろたえていた。目が泳いでいる。

「平気です。けっこう頑丈なんで」

 わたしは女性にお礼を言って散乱したカバンの中身を拾い集めた。

 スマホがどうなったのか心配でならなかった。

 一心不乱にさがすあいだ、もう一つの視線がわたしに注がれているのには気づいていた。

 車の運転手だろう。

 若い男だ。

 車のそばで放心していた男は、わたしと目が合うと、驚きと恐怖が入り混じる表情に一変した。

 血まみれのわたしが歩くから、幽霊とかゾンビとかに見えるのだろう。

 私が近づくと、男は後ずさりした。そしてへたり込んだ。ほとんど泣きそうな顔つきだった。

「スマホしてたでしょ。一瞬だけど見えたんです。スマホ運転は犯罪ですよ。あたしが死んでたらあなたは刑務所。家族は地獄。人生詰んでましたよ」


 カバンの中身を拾い集めるあいだ、女性も血の気がひいた顔でわたしをじっと見ていた。

 スマホは男のかたわらに落ちていた。手帳ケースに入れていたから、さいわい壊れずにすんだのだ。

 血まみれの指でスマホをさわった。彼氏からも親友からもLINE通知はまだない。

 やがて救急車のサイレンが鳴るころには、地獄絵図の血の池のまわりが人だかりができていた。

 わたしについて噂話しているのだ。

 当たりどころが奇跡的に良かったとか、ぶじでなによりとか、不死身の女子高生とか、いろんな単語が聞き取れる。

 救急隊員は念のために精密検査しましょうと言った。

 男は小動物のように怯え慄きながらずっとわたしを見ていた。

 警察の詰問がほとんど聞こえていないようすだった。

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