全宇宙を統べるものよ、我が身と世界を救いたまえ

あきまり

第1話 事故に遭う、クマに会う

 叫び声があがってふりかえる。

 車だ。

 車が迫ってくる。

 ほんの一瞬だった。

 衝撃がぶつかって目の前がまっしろに飛んだ。




 見覚えのある部屋だった。

 馴染みのあるベッドに横たわっている。

 白い机には絵本がならび、ピンク色のカーテンが風にゆれている。

 どうやら子どものころの部屋のようだった。

 懐かしくて心地よいのに、違和感があった。

 クマだ。

 クマのぬいぐるみだ。

 クマのぬいぐるみが歩いて近よってくるのだ。

「おまえはもうじき死ぬ」

 クマのぬいぐるみが立ちどまる。

「まもなくだ」

 話したかったが言葉がでない。

 しゃべる意思があるのにだ。

「おまえは話せない。ここはおまえの内面だ。内面だから言葉が不要なのだ。おまえと話すためにわたしは内面に入った」

 内面とは精神世界のことだろうか?

 わたしはあいまいにうなずく。

「おまえは交通事故に遭った。頭蓋骨陥没。内臓破裂。複雑骨折。ほとんど即死の致命傷だ。くりかえしになるがもうじき死ぬ。しかし死なずにすむ方法がある。それをおまえに伝えにきた。おまえは話せない。ハイは右手、イイエは左手だ。わかったか」

 唐突で事情を飲みこめないが、いちおうわたしは右手をあげた。

 状況がわからないし話せないし、素直に従うのが最善だと思ったからだ。

「わたしが何者なのか知りたいようだが、些末なことだ。神様だと信じたければそう信じろ。おまえには理解できない存在だからな。良いか。とても大事な話をする。おまえは選ばなければならない。2つの選択肢から1つ選ぶんだ」

 わたしは「ハイ」の右手をあげた。

「1つめ。このまま死ぬ。2つ目。ある条件のもとに生きる」

 わたしは右手と左手を同時にあげた。

 条件を知りたかった。

 無理ゲーに近い条件だったらぜったい後悔するからだ。

「条件か。かんたんだ。毎月0と5が付く日の15時。拳を組んで天に捧げる。祈り叫ぶ。それだけだ」

 捧げる?

 祈り叫ぶ?

 15時?

 だれになにを捧げ祈り叫ぶんだろう?

 しかも「毎月0と5が付く日」って、○天ポイントデーみたいじゃないですか。

、そう祈り叫ぶだけだ。15時から5分以内に祈り叫ぶのだ。5分をすぎるとおまえは死ぬ。わかると思うが死にかけたおまえが生きるためには宇宙の神秘パワーが必要だ。じぶんを救うためにも祈り叫ぶのだ。良いな」


 

 生きられるならやりたいが、「全力で」叫ばなければならないのが、たったひとつだけど最大級のネックだと思った。

 じぶんから言うと反感を買うけど、わたしは容姿に恵まれたし、素直な性格だとも言われる。謎の文言を叫ぶなんて乙女のすることじゃない。

 両親が大好きだし親友も彼氏もいる。

 こつこつ貯金してきたからお金も100万円以上ある。

 貯金でディズニーに行くって決めている、アメリカの。

 でも死んだらぜんぶ失う。

 わたしは死にたくなかった。好きな人たちといっしょにいたいし、好きなことをたくさんしてみたかった。生きたかった。


 クマのぬいぐるみは艶のない瞳でわたしを見ている。

「悩みたければ悩むが良い。この内面は時間の流れが止まっている。今際のときにみる走馬灯というやつに近い。後悔せぬよう決めろ。おまえはこれまで生き物を殺めなかった。生き物を慈しみ、愛した。容易ならざることだ。おまえは全宇宙に選ばれたのだ」

 神秘パワーとか全宇宙とかスピリチュアルで怪しすぎるけど、クマのぬいぐるみがしゃべる時点で不自然さ全開だから、疑るのはやめた。素直さはわたしの良いところなのだ。

 心配なのは、生きることを選んだときのわたしの体だ。

 頭蓋骨陥没。内臓破裂。複雑骨折。ほとんど即死の致命傷。

 今のわたしは半分以上死んじゃっている状態だから、彼氏が大好きなゲームのベホマとかケアルガでも全回復はむずかしい気がする。

 生きられるのはうれしいけど、でも悲しい。

 「生かされる」と「生きる」のでは意味がちがうからだ。

 クマのぬいぐるみはわたしの心を完全に読めるらしく、

「すべて杞憂だ。宇宙の神秘パワーを前にしては掠り傷ですらない。おまえは奇跡の生還者として耳目じもくを集めるだろう」

 そう説明して、わたしのあたまに「?」マークがついているのを察してか、補足もくわえた。

耳目じもくとは注目をあつめるという意味だ。もっと勉強しなさい」

 どっちだったろう、右だったかなと思って「ハイ」の右手をあげた。


「決まったようだが確認だ。死を選ぶは右手、生を選ぶは左手」

 わたしは迷わず「生を選ぶ」左手をあげた。

 死にたくなかった。

 祈り叫ぶだけで生きられるなら祈り叫んで生きたかった。

 そのときはそう思った。

「決まりだ。それでは帰るとしよう。付いてきなさい」

 クマのぬいぐるみはうでをひねってわたしを誘った。

 わたしはドアを開けた。

 開けると全面が光で充溢していた。

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