第5話 彼氏ドン引き!? はじめての「捧げ祈り叫び」

「どうしたの?」

 わたしが聞くと、彼氏は照れくさそうに、

「マリの様子が変だから気になって……」

 と頬を赤らめている。

 わたしはふだんとおなじつもりだったけど、わずかな異変があったようだ。

 目を逸らして紅潮する彼氏を見て、そういえばキスしたことなんてなかったと気づいた。彼氏に会えてうれしかったのか、ほとんど意識せずにかるくキスしていた。

 異変とはそのことだ。

 迎えに来てくれたことがうれしくて、わたしはもういちど彼氏にキスしようと背伸びすると、彼氏はわたしの肩を抱いて、目を閉じてわたしのくちびるにそっとキスした。



 成り行きだからどうしようもなかった。

 早退したら大丈夫と言う彼氏といっしょにわたしは帰ることになったけど、 時間が気になってしかたなかった。

 つないだ手のひらの、もう片方の手のひらで、わたしがせわしなくスマホをさわるからから、

「どうしたの?なにかあるの?」

 と彼氏が聞いてくる。

 時計は14:50。残りあと10分だ。

 公園のほうへ向かっているから、あと数分あれば到着できる。

「だいじょうぶ」

 とこたえるけど、声に焦りがにじんでいる。

 わたしはひっしに考えた。「捧げ祈り叫び」するしかない。でも突然「捧げ祈り叫び」したら彼氏はドン引きだろう。正当な口実を作らなければならない。とっさに選択肢を2つ思いついた。


 ①入信した

 ②演劇部に入った


 ①の宗教は不自然さがなくて順当だと思った。でも「毎月0と5の付く日」の15時に「捧げ祈り叫び」する彼女をどう思うだろう。デート中でもだ。よそよそしくされてしまうのではないか。いずれ別れに結びついてしまうのではないか。


 そういう意味では②のほうが順当だと思った。演劇のセリフだ。不自然さがまったくない。でもどうだろう。毎回おなじセリフだ。ずっとだ。何か月も何年も。それって変だ。いずれ別れに結びついてしまうのではないか。


 考えているあいだにも時間は容赦なくすぎていく。

 時計は14:55。残りあと5分。

「顔色わるいよ。歩けるかい?」

 うつむくわたしを彼氏がのぞきこんでくる。

「ちょっとトイレ行くね」

 わたしは間髪入れず小走りする。トイレに入るフリをしてトイレの裏側にまわる。

 時計は14:58。残りあと2分。

 運に恵まれている、そう思った。公園のとなりで改築工事が行われていたからだ。ふだんならうるさいと感じるくらいの、ほどよい騒音がある。ごまかせる、そう思った。

 追いつめられても少し疑っていた。

 時計は15:00。約束の時間だ。

 わたしに変化はなかった。痒いところも痛いところもない。健康そのものだ。うそか誠か、試してみようと思った。スマホとにらめっこするのを決めたのだ。

 15:01。異常なし。

 15:02。異常なし。

 15:03。異常なし。

 そして15:04、異常なしと思った矢先、わたしの腹部に激痛が走った。息ができなくなかったのだ。激痛の奥底のほうから血が湧きでるような生ぬるい感覚がわきだしてくる。意識がぼやけて白濁しはじめる。

 怖かった。死ぬ直前のあのときの感覚にそっくりなのだ。

 わたしは上体をねじってうめきながら立ちあがり、その勢いで力強く拳を組んで天空に高々と突きあげた。そして気絶しそうな意識にむかって全力で叫んだのだ。

!」

 やりきった!そう思った。

 痛みがみるみる引いていく。助かった。死なずにすんだのだ。

 空がまぶしかった。突きあげるわたしの拳が力強く美しかった。

 そんなわたしの一部始終を、壁の向こうから彼氏が見つめているのだった。

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