手品

「はい、ではこの右手に魔法をかけます。みっつ数えます、1、2の3! はい消えました!」

ぱっと開いた右手には握りしめたはずのボール入っておらず、客席から小さく拍手が贈られる。

手品師の鈴木は常に明るく芸を披露する。それが仕事をする者の矜持だと教えられてきたからだ。

鈴木が最後の手品を終え幕から下りると、後ろから大きな歓声がおこる。

次番の山下がやってきたからである。大道具を使った山下の手品が今回の目玉で、広告のチラシに大きく彼の顔が乗っている。

小技を使う鈴木は前座で、華のある大がかりなマジックは山下に任されていた。

山下なんて、客に気に入られているだけじゃないか。あんな手品、俺にだって出来る。鈴木は嫉妬の気持ちを飲み込んで、控室へと戻った。

客の心をつかむのが肝心要であることを鈴木は知っている。それゆえに、無性な苛立ちが頭の中を支配していた。

いっそ山下を消してしまおうか、などという考えが頭につく。

人体消失イリュージョンを山下にかけて、本当に消えてしまえばいい。パフォーマンス上の事故として処理されるかもしれない。

鈴木は客の前の表情とは全く違う、もう一つの顔をのぞかせる。披露するのは闇の中、観客いらずの大仕掛け。翌日、山下は行方不明となった。

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一日掌編 かがむと割れる三段腹 @raihousya

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