お揃い

 季節は秋となるが戦場は変わらない。戦線は膠着し、塹壕で空腹に耐えながら過ごす日々が続いた。

配給の食料は届かないので貴重な体力を無駄にしないため、みな横になって時間が過ぎるのを待った。

耳をつんざく砲撃のがなり声が精神をむしばむ。塹壕にこもり数週間、最初は鼓膜が裂けそうな爆音に気が狂いそうだった。

しかし慣れというものは恐ろしいもので、精神というパン切れを少しずつ削って消えていくだけで済んでいる。

砲撃がやんでも地獄は終わらない。束の間の静寂は次なる混沌への準備期間だ。


 砲撃が止まると、今度は敵兵が突っ込んできて砲撃で焦燥した土地を、人を、塹壕を蹂躙せんと迫ってくる。

すぐに塹壕から飛び出て機銃を辺り一面に飛び散らす。突撃兵が次々に倒れていくが、

右の方ではどうやら突破されて塹壕で殺し合いが始まったらしい。堀の中では銃より刀が強い。

上から飛び掛かってくる敵兵に銃の先についた刃を突き立てるのが理想だが、

既に入り込んだ敵兵に構っている内に次々とやってくるので、体力のない兵士たちの殴り合いや刺し合いがあちこちで起こる。

将来を語る兵士、故郷の母を思う兵士、正義感溢れていた兵士。みな死ぬかどこかを欠損して病院送りだ。

死ねばぬるい地獄が待っている。ここは地獄より地獄の戦場であった。


 その日は随分と爽やかな日であった。砲撃の音は聞こえず、不気味な静けさにみな目を覚ました。

銃撃の音は聞こえている。弾を切らしたのか、そんなことを話し合っているとやがて銃声も途絶えた。

やがて、伝令の者が走ってきて、終戦だ終戦だと叫んでみなに武器を降ろすよう促した。

ある者が堀から顔を出した。いままでは少しでも顔を出すと蜂の巣になるほど撃ち込まれ死体になるのだが、彼はまだ生きていた。

みな次々にひょいと顔を出す。制限されていた行為を行うことで戦場の非日常、平和を実感したいのだ。

俺も顔を出すと、敵の塹壕との距離はわずか数百メートルであった。同じ考えの敵兵がいる。泥だらけの顔が見えるほどの、短い距離での殺し合いだった。


 塹壕から乗り出して地面に足を踏み入れる。荒廃した大地と長く長く続く塹壕が、足元に広がっていた。

向かい合っていた敵兵もおなじことをした。暫くじっと見つめ合っていたが、残り僅かな煙草を取り出して歩み寄ると、彼はライターを取り出した。

煙草に白くたゆたう煙を乗せる。みな塹壕に留まっている。広い大地に立っているのは二人だけであった。

彼は久しぶりに煙草を吸うらしく、すうっと一息煙草を飲み込んで吐き出した後、美味そうに笑みを見せた。

彼の前歯、犬歯と呼ばれる場所にすっぽりと穴が開いていた。俺もニヤリと笑い、訓練で取れた犬歯を見せる。同じ場所の歯が取れていた。

そこに煙草を挟ませるとうまい具合に引っかかるのを見せる。彼は笑って、つられて俺も笑う。

一緒に地獄を生き残った者同士、一緒に殺し合いをした者同士、心の底から抱き合うことはできないが、

この静かな時間を、共に享受することはできた。煙草のけむりは、秋の空に紛れて消えていった。

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