ステンドグラス
彼女の家には太陽の陽射しが入り込む西面に、大きなステンドグラスがある。
上方の壁にある幾重にも張り巡らされたすりガラスが、彩り豊かに幾何学模様のバラがぼんやりと浮かび上げる。
歪な形をした時計や、芸術と工学を組み合わせてできた用途が分からないオブジェクトなど、
他にも目を引くものがこの家にはたくさんあるが、いつまでも見ていたくなる芸術があるとするならば
これしかないと、群青色のバラを見上げて確信する。
彼女は椅子に座って両ひざを机に乗っけている。ステンドグラスが彼女の斜め後ろにあり、神々しさを放っている。
彼女の両親は数日前から旅行に出かけていて、当分返ってこないらしい。
芸術品のうんちくを聞かされるのは飽き飽きと彼女は言って、彼女はサークルの合宿を優先してくれた。
そんなわけで、二人きりで彼女の家にいるという状況に少しばかり期待してしまう。
「どうしたんだ、突然呼び出して」何も返ってこない。トイレに立とうとすると、
「ねえ」と彼女が消え入りそうな声で呼び止める。
「ごめんね、合宿の途中で抜け出しちゃって」
技術向上という建前で開かれたが、実際はただ遊んで楽しみたいだけの合宿であった。
その合宿で彼女は初日から眼が強く押されてる感じがして痛いと訴えて寝室から出なかった。
二日目には病院に行くと苦しそうな表情で告げて途中で返ってしまった。
「大丈夫だよ、それより眼はどうだったんだ?」
「私は芸術家になるんだって、両親を見て育って漠然とそう思ってたの」
彼女は質問に答えずに、溢れる感情を抑えて会話を繋げる。
「私に才能があることは、自慢じゃないけど分かってた。まだまだ磨き上げないといけないってことも」
「……緑内障なんだって、私の目。今も白い靄(もや)が一点にかかって、本もまともに読めないの」
「今はまだ小さいけど段々と周囲に広がって、最後には見えなくなるんだって」
「知ってる? 芸術家って目が一番大事なんだよ。
物事をしっかり見つめて、その中の真理や普遍といった、人が美しいと感じるものを見つけ出すの」
「私はもう、見つけられないよ。 だって、いきなりこんなことになっちゃって、そんなの前を向けないよ」
理知的な彼女がぐずるように言葉を吐き出すと、瞳から涙がぽろりとこぼれて、こぼれて止まらない。
そっと肩に手を置くが、なんと声をかけるべきか分からない。
そうして寄り添っていると、彼女の慟哭がより強くなる。日は傾いて、ステンドグラスの青いバラも共に動き出していく。
青いバラは彼女を覆うと、曇りがかかって消えていった。
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