世界遺産
箔豪山の麓には箔豪村という、平均年齢が60を超える限界集落がある。
ここに学校や病院など存続できる施設などなく、いずれ地図から村の名前が消えるはずであった。
世界遺産への推薦書にここ、箔豪山が記載されていたのだ。
推薦書になど眼を通す人はなかなかいない。世界遺産になるとメディアがとりあげ、ニュースになりようやく耳に届くのだ。
箔豪山は、高速道路が通る予定であった。マントルを造り、都市圏を繋ぐ構想を当時の政権がしていた。
しかし支持率の急落で政権が変わり、そのあとに箔豪山が推薦書に突然現れたのだ。
野党へ落ちた旧政権への嫌がらせが目的であると踏んで、渦中に巻き込まれる前に、一目見ておきたいと思うようになった。
山道当たりからアスファルトは舗装されておらず、砂利がタイヤを削る音にパンクしないかと不安になる。
車を停める場所がないので適当な空き地に置いてきて、農作業をしている老人に声をかける。
「すみません、箔豪山へのルートを知りたいんですけど」
「あんた、観光客かい?」
「ええ、人が増える前に一目見ておきたくて」
「最近箔豪山に登ろうとする人が多いんだけども、どうしてなんだい?」
「世界遺産に登録されるかもしれないんですよ」老人は皺だらけの細く横に伸びた眼を見開いて、
「そりゃあいいことだ、来てくれる人が増えりゃあ箔豪の神様も喜んでくださる」
「そんならあっこにある馬場んとこの畑にある道がええ、あそこが一番登りやすい」
山登りに慣れてないことを恰好で見抜いたらしい。礼を言い箔豪山を登り始めた。
何百年もたっているであろう、神秘を纏う大樹が所狭しと映えわたり、日の光を遮っている。
僅かに差し込む日射が木々たちが覆った空間の広さを強調し、自然というドームの中に閉じ込められた気分だ。
木々の隙間や底の見えない森の奥から、山の精など出てきそうなほど神秘的な場所。
箔豪村には木霊が住んでいると言い伝えもあるらしい。
梶は都心で生まれ育ったのだが、どこか懐かしいような心持ちがして足を止めていつまでもここにとどまりたいと思ってしまう。
なるほど、これなら世界遺産になるのも納得だ。ここに来るまでの労力などここでの経験に比べたら苦にならない。
箔豪山を守らなければならないと真に思った。いつまでもここは神聖であってほしいと願った。
世界遺産になると人が増え、手を加え、木霊が逃げていく。自分のことを棚に上げて、いずれくるであろうそんな人たちを恨んだ。
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