オトギリソウ
「見て、あそこに咲いている黄色い花、あれは弟切草っていうのよ」
そういって彼女は花壇にある名もなき花を指さした。
名もなき花、というのはおれからの主観で、実際には気にも留めない道端の草達にもきちんとした名称があるのだろう。
ともかく彼女はその名もなき花をオトギリソウと呼んだ。
「あれがエニシダでキンレンカ、見た目は黄色だけど、それぞれ違う花」
彼女は俺が花を色で判断しているのが分かったのか、遠くて眺めていたおれを引っ張って花壇の前に連れ出した。
「ほらしゃがんで、よーく見て。菊が長かったり、ギザギザしていたり、
色だって花弁にうっすら赤みがかかっていたり、透けてしまいそうな淡い色、それぞれ他にはない特徴があるの」
促されるままに至近距離で花々を眺める。見分けがつかないわけではない。ただ次の瞬間にぽっかりと記憶が抜け落ちてしまうのだ。
彼女は友人を紹介するように花の特徴と名前を教えてくれるが、こればっかりは仕様がない。
それなら、花言葉はどう? そういって彼女は、あれは謙遜あれは勝利と園にある花に意味を添えていく。
そして、最後に、あれが怨念。といって、オトギリソウを指さした。
指をさした彼女の横顔が、狂気と執着を塗り込んだ表情をしていた。
その日は、梅雨が過ぎ、太陽の日差しで夏の到来を肌で感じる日であった。
しかしそのときハッキリと、身体が冷えて震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます