オトギリソウ

「見て、あそこに咲いている黄色い花、あれは弟切草っていうのよ」


 そういって彼女は花壇にある名もなき花を指さした。

 名もなき花、というのはおれからの主観で、実際には気にも留めない道端の草達にもきちんとした名称があるのだろう。

 ともかく彼女はその名もなき花をオトギリソウと呼んだ。


「あれがエニシダでキンレンカ、見た目は黄色だけど、それぞれ違う花」


 彼女は俺が花を色で判断しているのが分かったのか、遠くて眺めていたおれを引っ張って花壇の前に連れ出した。


「ほらしゃがんで、よーく見て。菊が長かったり、ギザギザしていたり、

 色だって花弁にうっすら赤みがかかっていたり、透けてしまいそうな淡い色、それぞれ他にはない特徴があるの」


 促されるままに至近距離で花々を眺める。見分けがつかないわけではない。ただ次の瞬間にぽっかりと記憶が抜け落ちてしまうのだ。

 彼女は友人を紹介するように花の特徴と名前を教えてくれるが、こればっかりは仕様がない。

 それなら、花言葉はどう? そういって彼女は、あれは謙遜あれは勝利と園にある花に意味を添えていく。

 そして、最後に、あれが怨念。といって、オトギリソウを指さした。

 指をさした彼女の横顔が、狂気と執着を塗り込んだ表情をしていた。

 その日は、梅雨が過ぎ、太陽の日差しで夏の到来を肌で感じる日であった。

 しかしそのときハッキリと、身体が冷えて震えていた。


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