一日掌編

かがむと割れる三段腹

裁判

 僕の頭の中では、常に僕が争っている。頭の中の裁判で、僕はいつも裁判官だった。

 朝に何を食べるかでさえ、頭の中にいる自分自身が言い争い、最も弁舌が立つものに僕が勝訴を与えるのだ。

 人は一日に何万もの選択を強いられているらしい。無意識の選択なら彼らの出る幕はないのだが、

 どうしようか悩んでいるとすぐに騒がれるのでその内頭がおかしくなってもおかしくない。

 あの日は蒸し暑く、熱気が纏わり付いて非常に不快な天気であった。

 上司に誘われて飲みに行き、翌日が休みだということもあって、電車も通らない時間帯まで付き合わされた。

 会社や家庭の愚痴を延々と聞かされて、気分よく酔うこともできず、注がれたビールを胃に流し込んだ気がする。

 しんとした夜道、足元がおぼつかない。これ程に酔うのは久方ぶりで、タクシーに乗ろうかと考えたが、寂しい懐事情では難しいと、裁判官の僕は判断した。

 青白い照明が頼りなく点滅しているトンネルを通っていると、金髪で耳にピアスをいくつもぶら下げた、いかにも反グレといった様相の男が二人、向かい側からやってきた。

 僕は目を伏せて彼らの隣を通り過ぎようとしたが、通り道に派手な彩色を巻きつけたジャージと靴が目の前に現れた。

 酔っぱらったサラリーマンなど、彼らにとってカモなのだろう。止まった僕に無理やり肩をぶつけてきて、因縁をつけてくる。

 財布を差し出せば彼らは許してくれるだろう。頭の中で侃々諤々かんかんがくがくの意見が飛び出て飛び出て止まらない。

 頭が裂けそうなほど彼らはわめくので、その場で倒れこんでしまいそうだった。彼はポッケから財布を取り出そうとしたので、無意識に彼の手を止めてしまった。

 一人が法壇にやってきて、ふんぞりかえった僕を掴み、法服をちぎらんほどの力で椅子から引っ張り上げて、地面へと叩きつけてきた。

 そして彼は、僕の席にどかりと座り、はちきれんほどの大声で有罪、と叫んだ。それは僕の怒りだった。彼につられて、みなが沸き立ち、止まらなかった。



 また、裁判が始まる。今度は随分本格的。裁判官の席には知らない人が座っていた。

 そういえばいつもする裁判には、被告人はいなかったなと、長々と小難しい裁判長の弁舌を聞きながら思っていた。

「主文、被告人を懲役〇年に処する。」

「なぜ」裁判官は続けて何かを吐き出そうとしていたが、この言葉でぴたりと止まる。なにやら呪文めいたことを呟いてからようやく本題を切り出した。

「被告人は既に気を失っている被害者への暴行を続けており、正当防衛の範疇を超えて……」

「そうか、お前はあの時の僕だ。」僕の怒りだ。彼は未だに僕の席に座っていて、追い出された僕は針のむしろに立たされている。返せ、そこは僕の場所だ。

 引きずり降ろそうとしたが周りの有象無象が彼への道を塞いでくる。離せ、これは僕の裁判だ。

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