13_無言の食事と聞こえない囁き

「本当にお願いしてしまっていいのかい?」

羽白はじろが去った後、無言の食事を済ませたすばるたち(正確には食べたのは南斗なんしゅだけだが)は、せめて後片付けは自分たちにさせて欲しいと安曇あづみに申し出た。


「じゃあ、お言葉に甘えて僕は師匠のところに行ってくるよ。片付けは適当で構わないからね」

そう言うと安曇は昴たちにシャワーと寝室の場所を教えて先に休んでいて欲しいと伝えて部屋を出て行った。


「大丈夫かよ?」

羽白と安曇の去った食堂で食器を洗う南斗にトンボが声を掛ける。


「ん? 大丈夫だよ。皿洗いなんて慣れたもんよ」

馬鹿にしないでよね、と、南斗が手を止めずに声だけでトンボに答える。


「ちげぇよ」

その様子にトンボが少しの苛立ちをのせてつっこみをいれる。


「じゃあ、何よ?」

南斗も、ムスッ、とした顔で返事をする。目線は食器に向けたままだ。


「なんだよ、その言い方! って、はぁ……『楽園の入り口』の話、残念だったな」

声を荒げかけたトンボは、一呼吸おいて南斗を気遣うように声を掛ける。


「……まぁねぇ。嘘かもって、思ってはいたんだけどねぇ」

食器を洗う手を一瞬止めた南斗は、作業を再開させながら、まいったまいった、とおどけた声で答える。


「あっ、そうだ。あんた達、いろいろ旅しているんでしょ? なんか情報持ってたりしないの?」

目線は手元にむけたまま、南斗が問いかける。


「……私たちも旅を始めたのは最近なので。お役に立ちそうな情報は」

テーブルを拭いていた昴は、その手を止めて、申し訳なさそうに南斗に答える。


「だよねぇ。やっぱりお金貯めるしかないかぁ。あ~ぁ、ちゃっちゃと稼げる方法ないかなぁ。この際、腕の一、二本は覚悟するんだけどなぁ」

洗い終わった~、と言って、手を拭いた南斗がバンザイの格好をする。


 と、部屋に流れる沈黙に南斗が一瞬驚いた顔をした後で、笑う。


「ちょっと黙らないでよ! 冗談に決まってるでしょ。何、真に受けてんのよ」


「お前のひょろひょろの腕なんていらねぇよ」

場違いに明るい声で返すトンボの軽口に、南斗も笑顔を崩さず、失礼な、と応戦する。


「……腕が無くなったら、あの綺麗な踊りがもう見られません。それは嫌です。きちんと衣装を着た踊りも見たいです」

「だから真に受けないでよ。冗談よ、冗談」


 真剣な顔で言う昴に南斗が苦笑いする。

それでも真面目な表情を崩さない昴に南斗が少し困った顔で答える。


「悪かったって。……だったら、尚更、楽園に行かないとね。私の踊りは雨夜あまいの歌があって完成なんだから」

降参とばかりに昴に向かって両手を上げて南斗が答える。


「でも、本当にどうしたものかなぁ。情報も手がかりもゼロの振り出し状態だわ」


 ×××、×××××……


 ため息をつきかけた南斗は、自分の耳を掠めた声に動きを止める。


「ん? 何か言った?」

南斗はキョトンとした顔で昴の顔を見る。


「え? 何も言っていませんよ」


「あれ? じゃあ、トンボの声?」

「いや、何も言ってねぇよ。何の話だ?」


「ん~、じゃあ、空耳?」

昴とトンボの返事に南斗は首を傾げる。と……


 ×××、×××××……


「ほら! 聞こえるじゃん! でも、なんて言ってるんだろ?」

再び聞こえた声に耳を傾ける南斗を、昴とトンボが訝し気な顔で見つめる。


「え? 嘘でしょ? 聞こえなかった?」

その顔を見て南斗が驚きの目で昴たちを見つめる。


「残念ながら私には何も聞こえませんでした」

戸惑いの表情を浮かべながら昴が南斗に答える。


「お前、今日は休めよ。あとは昴が片付けておくからさ」

気遣うように言ったトンボの言葉に南斗が笑う。


「あんたも手伝いなさいよ。大丈夫よ。あと少しだし」

そう言って南斗は洗い終わった食器を拭き始める。


「いえ、今日は休んでください。休めるときに休むのは旅の基本です」

南斗の手から食器と布巾を取り上げて、昴が言う。


「ちょっと、やめてよ。羽白の話にショックを受けて幻聴、とかじゃないからね。そんなにヤワじゃないから心配しないでよ」

苦笑いしながら、食器と布巾を取り返そうとした南斗は、それでも顔をしかめたままの昴を見てため息をつく。


「昴って結構頑固よね。わかった、わかった。じゃあ、先に休ませてもらうわ」

南斗の言葉にようやく昴の表情が緩む。


「トンボ、あんたも手伝いなさいよね」

「わかったよ。ちゃんと休めよ!」


「ハイハイ。じゃあ、また明日」

わかった、わかった、と言いたげにヒラヒラと手を振りながら、南斗は羽白たちが用意してくれた部屋へ行こうとする。


 と、部屋の入り口でふと足を止めた。

「……二人ともありがとね」


 振り返りもせずにポツリとそう言うと、南斗は昴たちの返事を待たずに今度こそ出て行った。


「何か聞こえましたか?」

南斗が出て行ったことを確認して昴がトンボに声を掛ける。


「いや。なんにも」

トンボの答えに昴は、自分も聞こえなかった、とうなずく。


 機械の自分たちの聴力は人間のソレよりはるかに高性能だ。

南斗が聞こえなくて、自分たちに聞こえることはあっても、逆はありえない。


「ショックだったんだろうよ。ああ見えても結局はまだ年端もいかない女の子だ」

トンボの言葉に、昴もそう考えるのが普通だろうと再びうなずいた。


 うなずいたのだが、昴はどこか引っかかっていた。

そんな昴の顔を見てトンボが声を掛ける。


「なんだよ? 何か気になることでもあるのか?」

「……いえ。確かにトンボの言うとおりだと思います」


 何に引っかかっているのかわからない昴はトンボの言葉に首を振り、片付けを再開する。

トンボもまた、煮え切らない昴の様子にモヤモヤしたものを感じながらも、どうすることもできず、黙って頭上をくるくると回る。


 程なくして片づけを終わらせた昴はトンボと一緒に、南斗の部屋の隣に用意された部屋へと向かう。

南斗の部屋の前を通った時に声を掛けようか迷ったが、すでに休んでいたら悪いかと思い直してやめておいた。


 声を掛けなかったことを強く後悔することになるなんて、この時は思いもしなかった。


 翌朝、南斗が姿を消した。

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