12_嫌な予想と医者の決心

 話は少し戻って、すばるとトンボが南斗なんしゅの踊りに見入っている頃。


「う~ん、確かに師匠の手紙のとおりですね」

病室で患者を診ていた安曇あづみは首を捻っていた。


 病室には数人の患者がベッドに横たわっていたが、どの患者も寝ている以外は特に変わったところは見られなかった。


「漢方医となったお前の立場から診てもわからんか」

その言葉に羽白はじろも難しい顔をする。


「すみません。お役に立てなくて」

すまなそうに謝る安曇に羽白は首を振る。


「気にするな。診察室にカルテを出してあるから戻ろう」

そう言って病室を後にする羽白を安曇が追った。


「……! 師匠、これは!」

診察室に戻りカルテを見ていた安曇は、あることに気が付いて驚きの声を上げる。


「やはり、お前もそう思うか……」

安曇の言葉に羽白は浮かない顔で返事をする。


「師匠、気が付いていたんですか? だったら、なぜ」

その表情に羽白も気が付いていたことを察した安曇は、思わず責めるような口調で問いかけた。


「私も半信半疑だったんだ。安曇、お前の考えを聞かせてくれないか?」

羽白の言葉に安曇は渋々うなずくと話し始めた。


「今、病室にいる方たちは、みんなこの町の外から来た人。しかも大半は旅人ですね?」

「あぁ、その通りだ」


 見せてもらったカルテの数は病室にいる人数よりはるかに多かった。

その中でカルテの住所欄がこの町以外の人や空欄の人を数えると丁度病室の人数と一致していた。


 一人旅の場合、持ち物から住所がわからなければ調べる術がない。

住所欄が空欄の人がちらほら見られることから、病室にいるのは旅人が大半だろうと安曇は予想したのだ。


「この奇妙な病気が流行り始めたのはだいたい一年前。最初はこの町の人がかかっていた」


 病気の流行り始めた時期はカルテを時系列に並べればすぐにわかった。

ついでに初期の患者はこの町の人間だったこともわかった。


「半年前からこの町以外の患者が増えている」

「あぁ」


「そして、昴くんたちから聞いた話では、一年前にこの町で珍しい鉱石が発見され、そのすぐ後にこの町は封鎖された。そして、半年前、急に封鎖がとかれた」

「あぁ」


「これらの事実が示すのは、つまり……」

そこまで言って安曇は口を噤み、暗い顔で目の前の羽白を見つめた。


「やはりお前もそう思うか」

羽白の呟きを最後に重苦しい沈黙が二人の間に落ちてくる。


「……半信半疑と言ったのは嘘だ。私は信じたくなかったのだ」

その沈黙を破ったのは羽白だった。


「不甲斐ない師匠ですまない。だが、お陰で決心がついた。どうやら久方ぶりにあの人に会いに行く必要があるようだ」

「師匠……」


 今まで見たことのない師匠の悲痛そうな顔に安曇が不安そうな声を上げる。


「心配するな。私は医者だ。患者のためならなんでもするさ。さぁ、南斗たちの所に戻ろう」

そう言って安曇を安心させるように笑うと羽白は診察室を後にした。


 そして話は今に戻る。

昴たちが見つめる中、羽白は口を開いた。


「私は今回の病気についてある仮説を考えていた。そして、今日、安曇に診てもらい仮説は確信に変わった」

羽白の言葉に昴たちが続きを待つ。


「今回の件は一年前に見つかった鉱石が何らかの形で関係しているはずだ」

心配そうに見つめる安曇に向かって、大丈夫だ、というように羽白はうなずいてみせる。


「病気の件をわかった上で、この町の役人たちは半年前に町の封鎖を解除した。いや、解除する必要があった」

「どういうことですか?」


 昴の問いかけに羽白はそれでも一度言葉を詰まらせ、軽く深呼吸をする。


「半年前からこの町の人間が病気にかかることが減り、代わりに町を訪れた人間が病気にかかり始めた。どういう理屈かわからないが、この町は町の外の人間に病気を肩代わりさせているんだ」


「なんだそれ? 肩代わりなんて、そんなことできるのかよ?」

「ちょっと待って! まさか、じゃあ、『楽園の入り口』って話は、この町に旅人をおびき寄せるための噓だったの?」


「わからない。だから明日、私は事情を知っているであろう人間に会って来ようと思う」

「誰です? それは?」


「この町の町長……私の父親だ」

続いた羽白の言葉に昴たちは言葉を失った。


「明日の準備があるので私は先に失礼するね。今夜はここに泊ってくれ。安曇、部屋と食事の準備をお願いできるかな?」

「……わかりました」


 安曇がうなずくのを見て、羽白は部屋を後にした。

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