14_消えた少女とそりの合わない町長

「おいおい、どういう事だよ?」

翌朝、いつまで経っても起きてこない南斗なんしゅを起こしにきたトンボは、もぬけの殻となった部屋で茫然と呟いた。


「いや、ここには来ていないよ」

自分たちよりも早く起きてどこかに行ったのかと、診察室の安曇あづみたちをたずねたものの、羽白はじろも安曇も知らないと首を横に振った。


「ここに『楽園の入り口』がないと知って、先に出発したとか?」

安曇の言葉にすばるは首を振る。


「荷物は部屋に置かれたままなんです」

「昨日、情報も手がかりもゼロの振り出し状態、って嘆いてたんだ。先に出発って、行くあてなんてないはずだぜ」


 昴とトンボの言葉に安曇も、う~ん、と黙り込む。


「安曇、ここは任せていいかな? 昴、トンボ、申し訳ないが私はそろそろ出ないといけないんだ」

悩み込む昴たちに出かける準備を整えた羽白が声をかける。


「あっ、そうでしたね。師匠、お一人で大丈夫ですか?」

その言葉に安曇が心配そうに答える。


「大丈夫って。自分の父親に会いに行くだけだ。心配いらないよ」

苦笑いする羽白の言葉に、昨日の話を思い出した昴がハッとする。


「羽白さん! 私も連れて行っていただけませんか?」

「そうだった! 俺たち一年前に見つかったっていう鉱石について知りたいんだ。頼む! 連れて行って……って、その前に南斗だよな」


 どうしたものかと慌てる昴とトンボに安曇が声をかける。


「南斗ちゃん、荷物は置いたままなんでしょ? だったらすぐ帰ってくるんじゃないかな。僕が留守番しているから大丈夫だよ。師匠、連れて行ってあげてくれませんか?」


 安曇の言葉に昴は思案顔でうつむく。

普通に考えれば安曇の言うとおりなのだけれど、例え一時だとしても何も言わずに南斗が黙って出かけるなんてことするだろうか?


「昴、申し訳ないが時間がないんだ。連れて行くのは構わないが、急いでくれないか?」

「昴、ここは安曇の言葉に甘えて俺たちは行こう。楽園についても何か情報が手に入るかもしれない」


 トンボの言葉に昴はうなずく。


 確かにこの町の町長から話を聞ける機会なんてそうはない。

慣れない町であてもなく探すより、ここは安曇にまかせて、自分たちは情報収集に努めた方がいいだろう。


「安曇さん、では、お願いします。南斗が戻ったら、私たちが戻るまで絶対ここから動かないように伝えてください」

「うん、わかったよ」


 安曇に見送られて、昴たちは羽白と一緒に役場へと出発した。


「昴、トンボ、先に言っておくけれど、私も町長に会うのは数年ぶりだ。親子とはいえ、お世辞にも良好な関係を築けているわけではないので、そこは期待しないでくれ」

役場に向かう道すがら羽白が昴たちに告げる。


「まぁ、昨日の話っぷりをみてりゃ、仲良し親子ではないだろうってのは想像ついてたわ」

トンボの返事に、そうか、と羽白が苦笑する。


「なんでまた? って、個人的な話だろうから無理に話してくれなくてもいいけどよ」

「トンボ、失礼ですよ。すみません」


 トンボを窘めつつ謝る昴に羽白は、構わないよ、と笑う。


「これと言った理由はないんだ。そりが合わないというだけでね」

羽白は歩きながらポツリポツリと話しだす。


「今回の件、もし本当に町の外の人間に病気を肩代わりさせているんだとしたら、私は医者として許せない」

「そりゃそうだろ」


 トンボがそう言うと、昴もうなずく。

そんな昴たちを見て、羽白が困ったような顔で笑う。


「そうでもないのさ。町を守る立場としたら、あながち間違いとは言い切れない」

「えっ、でも」


 昴が、そんな、と声を上げる。


「酷い話さ。でも、町の人たちを守るにはそれしかなかったとしたら、町長の選択は頭ごなしに否定できるものではない」

「そうかもしれねぇけどさ」


 トンボも納得がいかないといった声を上げる。


「だから、そりが合わないと言ったのさ。どちらかが悪いといった話ではなく、お互い見ているもの、信じるものが違いすぎるんだ。……さぁ、着いたよ」


 羽白はそう言うと何の躊躇もなく役所へと入っていくので、昴たちも慌てて後に続く。

受付で名乗ると話はついていたようで、すぐに応接室と思しき別室へと案内された。


「町長はすぐにいらっしゃいますので、こちらでお待ちください。お飲みものは?」

「用件が済んだらすぐに帰るからお気遣いなく」


 羽白がそう答えると案内をしてくれた女性は深々とお辞儀をして部屋を後にした。


「豪華な椅子だよねぇ。こんなのにお金を使うくらいなら、うちの診療所に寄付して欲しいものだよ」


 地下では珍しい革張りの豪勢なソファにどっかりと座って羽白が文句を言う。

体が沈み込みそうなくらいフカフカのソファに昴も恐る恐る腰かける。


「そんなに小さくなる必要なんてないよ。そうやって来る人を委縮させるのが目的なんだから。全く悪趣味だよね」


「どうしてお前はそういううがった見方しかできないんだ。いらっしゃるお客様への最低限の敬意だ」

応接室に入ってきた初老の男性が苦虫を噛み潰したような顔で羽白に声をかける。


「おや、お連れの方がいらっしゃいましたか。飲み物もご用意せず申し訳ありません。P-8517の町長の糸掛いとかけです。娘の羽白がご迷惑をお掛けしてませんか?」

しかめっ面から一変、柔和な顔で昴に声をかける糸掛に羽白が、けっ、と漫画のような悪態をつく。


「わざとらしい~。なにが、おや、お連れの方が、だよ。案内の人から連れがいることは聞いていただろうに。そういうの慇懃無礼っていうんだよ」

「羽白、お前は社会人としてのマナーが」


「はいはい。お説教はいいから、早く本題に入ろう。お忙しい町長様のお時間を無駄にしてはいけないでしょう」

苦言を呈そうとする糸掛を羽白が制する。


「全く、お前と言うやつは数年ぶりに連絡を寄越したと思ったら、すぐに会いたいから時間を作れなどど無茶を」

「わかったから。とりあえず座ってくんない? 話が進まないでしょ」


「……なんであんなに喧嘩腰なんでしょうか」

「さぁな。まぁ、これが、そりが合わねぇ、ってことなんだろうよ」


 こそこそと話していた昴とトンボは、羽白にギロリと一瞥されて、慌てて口を噤む。

ここで羽白の機嫌を損ねて追い出されでもしたら大変だ。


「で? 今日は何の話だ?」

深いため息とともに向かいのソファに腰かけた糸掛が羽白に声をかける。


「単刀直入に聞く。一年前にこの町で何が起こった? あんたは何を隠して、何をしようとしている?」


 羽白の言葉に糸掛は鋭い視線を羽白に向ける。


「お前に話すことはない。町を守る、それが私の仕事だ」

話は終わりだと言いたげに席を立とうとする糸掛に羽白が更に声をかける。


「待て! 私は医者だ。患者を救う。私は私の仕事をしにここに来たんだ」

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