9_奇妙な病と童顔の漢方医

「ありがとう! お昼過ぎにはP-2549に着く予定だったから、お昼ごはんを持ってこなかったんだ」

そう言って安曇あづみと名乗った青年は南斗なんしゅに分けてもらったサンドイッチを幸せそうな顔で頬張る。


 倉鍵くらかぎすばるのために用意した朝食をお弁当にリメイクすると言っていたが、軽く焼かれたバゲットに、ふんわりしたオムレツとかりかりのベーコン、瑞々しいレタスが挟まれたボリュームたっぷりのサンドイッチはとてもリメイクには見えない。

半分に切られて並ぶそれを、南斗と安曇がこれまた並んで頬張っている。


「安曇はP-2549に何しに行くの?」

同じように幸せそうな顔でサンドイッチを頬張りながら南斗がたずねると、安曇は口をもごもごさせながら首を横に振る。


「いや、P-2549は通り道なだけ。用事があるのはその先のP-8517なんだ」

「「P-8517?」」


 その言葉に南斗とトンボが驚きの声を上げる。

昴もその奇妙な偶然に思わず修理の手を止めて、驚きの目を安曇に向ける。


「えっ? 何? どうしたの?」

南斗たちの反応に安曇も驚きの声を上げる。


「安曇も楽園……」

「安曇さんはP-8517にどんな用事が? お知り合いでもいるんですか?」


 南斗の言葉を遮るように昴はそう言うと、安曇に気が付かれないようにそっと上着に隠した短銃に手を伸ばす。

トンボも、いつでも安曇と南斗の間に割って入ることができるように、さりげなく高度を下げる。


 もし安曇が『仮称楽園計画』の人間だったら……

緊張した面持ちで安曇の次の言葉を待つ昴とトンボに、安曇は驚いた顔のまま答える。


「P-8517で奇妙な病気が流行っているらしいんだ」

「……病気、ですか?」


 予想外の答えに、それでも自分の心配が杞憂だったことに安心した昴が上着から手を離して聞き返す。

トンボもフワリと元の高さに戻る。


「実は僕、医者なんだ」

「「医者?」」


 南斗とトンボがまた驚きの声を上げる。

声こそ上げはしなかったものの、昴もその言葉につい目を見開いてしまう。


 身長はそこそこあるものの、ひょろりとした体躯にくるくるの明るいオレンジの髪。

色白の顔に浮かんだそばかすと、銀縁の丸い眼鏡がその顔を一層幼げに見せている。


 おそらく博士と同じくらいの年齢だろうと思いつつ、二、三歳は年下に見えるその外見は、申し訳ないが医者にはとても見えない。


「見えないよね」

「あっ、いえ、そんな」


 苦笑いする安曇の言葉に昴が慌てて否定しようと口を開く。


「いいよ、いいよ。良く言われるから」

安曇は胸の前で両手を振ってその言葉を遮る。


「僕は医者と言ってもちょっと変わった医者でね。漢方医なんだ」

「漢方医?」


「確か主に植物を使って治療を行う医者ですよね。遠い昔、地上で使われていた医療技術をもとにしたものだったかと」

首を傾げる南斗に昴が答えると、安曇が感心した顔でうなずく。


「そう、その通り。昴くん、若いのに難しいことを知っているんだね」

「そんで、P-8517で流行っている病気の治療に向かっている、と。一体どんな病気なんだよ?」


「僕もP-8517に住む知り合いから手紙をもらっただけだから詳しくはわからないんだけど、少し前から目が覚めない人が続出しているんだって」

「起きないってどういうこと?」


 トンボの質問に答えた安曇の言葉に南斗が更に疑問を投げかける。


「そのままの意味みたい。熱もなければ、うなされもしない、血を調べても何もでてこない。ただ、名前を呼んでも、体をゆすっても、叩いても、全然起きない」

「なんだそれ?」


「原因も治療法もわからないみたいなんだ。そこで僕の出番。この辺じゃ、漢方医は僕だけだからね。何かわかるんじゃないかって」


「へぇ~。見かけによらず凄い人だったのね」

「おい! 失礼だぞ!」


 南斗を注意するトンボに、いいよ、いいよ、と安曇が笑って答えている一方で、昴が難しい顔をして呟く。


「今まで見たことのないような鉱石に、『楽園の入り口』、そして、奇妙な流行り病、ですか……」

「何かあることだけは確かだな」


 昴の言葉にトンボが返事をすると、昴が眉間に皺を寄せたままうなずく。


「なんだい? 『楽園の入り口』って?」


 安曇の言葉に今度は昴たちが自分たちの旅の目的と自分たちのことを手短に説明する。

もちろん、昴たちの本当の目的は言えるはずもなく、旅の途中に南斗を拾い巻き込まれた結果、P-8517を目指している、と。


「なるほどねぇ。確かに眉唾っぽい話ではあるけど、P-8517で何かが起きてはいるみたいだね」

「えぇ。……あっ、すみません。話し込んでしまいました。スクーター、もう少しで修理終わりますから、食事を続けてください」


 そう言って昴はスクーターの修理を再開する。

ありがとう、とお礼を言うと安曇もサンドイッチをまた頬張り始めた。


「はい、修理終わりました。これで大丈夫だと思いますよ」


 ほどなくしてスクーターから顔を上げてそう告げる昴に、サンドイッチを食べ終えた安曇がスクーターに跨りエンジンをかける。

軽快な音を立ててかかるエンジンに安曇が、安堵の声を上げた。


「ありがとう。助かった~。お代はいくらだい?」

「えっ?」


 昴の返事に、えっ? 、と安曇も返して、二人でお見合い状態になってしまう。


「あっ、え~っと、いいですよ。大した修理ではありませんから」

お代のことを全く考えていなかった昴がそう答えると安曇が驚いた顔をする。


「そう言う訳にはいかないでしょ。サンドイッチもいただいちゃったし、ちゃんと言ってよ」

「サンドイッチは私たちもいただいた物ですし、お代も特に考えては……」


 思わず零れた昴の言葉に安曇が笑いだす。


「そんなんで良く旅を続けてこられたね。う~ん、それじゃ、こういうのはどう? お代の代わりにP-8517まで一緒に行こう。子どもだけより、僕なんかでも大人がついていた方が楽でしょ? 町に着いたら僕は治療に向かってしまうけど、何か調べるならできる限り手伝うよ」


「確かに大人がいた方が入りやすい場所もありそうだよな」

安曇の言葉にトンボが同意する。


「そうですね。南斗はどうですか?」

「私は構わないよ」


 あっさりうなずく南斗を見て、昴は安曇に向き直り、頭を下げる。

「では、P-8517までよろしくお願いします」


「こちらこそ。それじゃ改めまして、僕は安曇。短い間だけど、よろしくね」

「はい」


 こうして新たな仲間が加わった昴たちは再びP-8517へ向けて走り出した。

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