8_見知らぬ青年とスクーターの修理


「げっ」


 無言のまま走り続けること小一時間。すばるは嫌そうな声を上げた。

視線の先に一人の青年が両手を振っていたからだ。

 

 明らかに助けを求めている様子の青年を街道を行く人たちが次々と無視していく。

地下に住む人間はごく一部を除いて貧しい。倉鍵くらかぎのような人の方が稀なのだ。


 昴も他の人たちと同様に青年を避けて進むべく、スクーターのハンドルをきろうとした。

行きがかり上、南斗を助けてはしまったものの、昴たちにもこれ以上の余裕は時間もスクーターの重量にもない。なのに……


「お兄さん! どうしたの~?」

「えっ! ちょっと、南斗なんしゅ!」


 そんな昴の意図を無視して、すれ違いざまに南斗が青年に声を掛ける。

驚いてスクーターを止めてしまった昴は自分の置かれた状況に思わず舌打ちした。


 青年を避けようとしたスクーターは、結果として男性のすぐ隣で止まってしまったのだ。


「ありがとう! ありがとう! 誰も止まってくれないからどうしようかと思っていたんだ!」

案の定、スクーターに駆け寄りお礼を言う青年に昴は天を仰ぐ。


 もちろん地下で天を見上げたところで、見えるのは土だけだ。


「昴、諦めな」

そんな昴を慰めるように、フロントバスケットから出てきたトンボが声をかける。


「おや、そのドローンは話ができるんだね」

「えぇ、ところでどうされたんですか? 見てのとおり私たちも自分たちのことで手一杯です。あまりお役にはたてないと思いますが」


 精一杯の予防線を張りながら昴は青年にたずねる。


「実は乗っていたスクーターが故障してしまって……」

「お兄さん、運がいいね! この子、修理屋なんだよ!」


 昴が返事をする前に南斗がそう言うと、本当ですか! 、と、青年の表情が明るくなる。


「まぁ一応……とりあえず、スクーターを見せてもらえますか?」

諦めた昴は青年にそう言うと自分のスクーターを街道の脇に止めた。


 幸いスクーターの故障は大したことなく、昴が持っている道具で十分対応できるものだった。


「これなら、なんとかなりそうですね」

「本当? 助かった~」


「……ねぇ、昴、修理って時間かかりそう?」

「? そうですね。三十分程度でしょうか」


 喜ぶ青年とは裏腹におずおずと聞いてくる南斗に、彼に声を掛けたのは南斗なのにどうしたのだ、と訝し気な顔で昴は答える。


「あっ、あのさ、言いにくいんだけど……」


 そのまま言いよどむ南斗に昴は首を傾げる。

まさか、今更、先を急ぐとか言い出すつもりだろうか?


「あっ! 南斗、お前、腹が減ったんだろ!」

「ちょっと、言い方!」


 トンボのつっこみに慌てる南斗を見て、昴は、そうか、と納得する。

自分には空腹という感覚がないので、食事のことをすっかり忘れてしまっていた。


「どうぞ食べててください。倉鍵くらかぎさんの持たせてくれたお弁当がありましたよね?」

昴の言葉に南斗の顔が、ぱぁっ、と明るくなる。


「ありがと!……えっと、じゃあ、あっちで食べてくるね」

そう言って倉鍵からもらった包みを持ってその場から離れようとする南斗に昴が声を掛ける。


「どこに行くんですか? 昼間とは言え、あまり離れない方がいいと思いますが」

「えっ、だって、嫌じゃない?」


「何がです?」

南斗の言葉の意味がわからずに首を傾げる昴を見て、トンボが助け船をだす。


「昴がリキッドしか食えないって言ったから、気を使ってくれたんだろ」

「……えっ?」


 予想外の言葉に昴が驚きの声とともに南斗を見つめる。

倉鍵の作ってくれたお弁当を持ちながら気まずそうに目を伏せる南斗を見て、昴はトンボの言葉が当たりであることを悟った。


「……あっ、えっと、お気遣いいただいてありがとうございます。でも、単独行動は危ないので、ここで食べてもらっていいですよ」

「いいの? 食べられないのは辛かったりしない?」


「大丈夫です。倉鍵さんには申し訳ないですが、美味しそうとかいう感覚もないので」

思いがけず自分に向けられた優しさにどうしたらいいかわからず、昴はそっけなく南斗に答える。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

そう言っておずおずと腰を下ろした南斗を横目で見ながら、昴はスクーターの修理を再開した。

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