10_師匠と弟子
「これは……」
途中の町で一泊した
町の入り口に立った昴たちは、予想外の光景に言葉を失い、立ち尽くす。
普通、なのだ。
『楽園の入り口』の町として旅人が溢れているわけでもなく、奇妙な病気が流行りゴーストタウンのようになっているわけでもなく、管理局の人間が町を闊歩しているわけでもなく。
いままで通ってきた町と何ら変わりのない、ありふれた日常の光景が目の前に広がっていた。
「なんだこれ。明らかにおかしいぞ」
フロントバスケットに入ったままでトンボが口を開く。
「だよね。普通過ぎるよね」
「どうする? 僕は連絡をくれた知り合いのところに行くけど、昴くんたちはどこかあてはあるの?」
「いえ。情報収集をしたいところですが、この状況では」
「迂闊なことすると藪蛇になりそうだよな」
昴は自分の後に続いたトンボの言葉にうなずく。
「う~ん。それじゃ、僕と一緒にくるかい? ちょっと変わった人だけど、噓はつかない人だから、病気のことは本当だと思う。何かヒントがあるかもしれないよ」
「いいんですか?」
安曇の言葉に昴が聞き返す。
調べるあてがない昴たちにとっては、ありがたい申し出だ。
「もちろん。じゃあ、行こう。ついて来て」
そう言って走り出した安曇のスクーターに昴たちも続いた。
しばらく走ると比較的大きな建物が見えてきた。
安曇は慣れた様子で入り口にスクーターを止めながら建物の中へと声を掛ける。
「師匠、お久しぶりです! 安曇です」
「よく来たな。入ってくれ」
奥から聞こえる女性の声に安曇は返事をして、声の方へと進んでいく。
昴たちも安曇の後を追い、廊下をしばらく進むと診察室と思しき部屋に辿り着いた。
「師匠、入っていいですか?」
部屋の入り口で安曇が確認すると、構わないぞ、と、先ほどと同じ女性の声がする。
声に従い部屋に入ると、そこはやはり診察室だった。
診察室に患者の姿はなく、白衣姿の女性が机に向かい何やら書き物をしている最中だった。
「よく来たな……っと、おや、安曇、子ができたのかい? おめでとう。それにしても最近の子は発育がいいんだな。最後にあったのは三年前だったか? その時は独り身だったと記憶していたが」
昴たちに背を向けていた女性は振り返ると少し驚いた顔をしてそう言った。
年のころは三十台後半か。
腰まで伸びた綺麗なストレートの髪を低い位置で一つにまとめている。
その色は安曇と同じ明るいオレンジ。
今は見開かれている切れ長な目も髪と同じく綺麗なオレンジ色だ。
「師匠、何を言っているんですか! こちらは昴くんに南斗ちゃん、そして、トンボくん。ここにくる途中でスクーターが壊れて困っていた僕を助けてくれた恩人です」
「急に押しかけてしまってすみません」
安曇の言葉に昴が頭を下げると、女性は椅子から立ち上がり、ゆっくりと昴の前に立った。
女性は何か確かめるように昴を覗き込み、次に頭上を飛ぶトンボを見上げた後、スッと目を細める。
「なるほど。昴とトンボか。難儀な存在だな。お目にかかれて光栄だ」
「「えっ?」」
「ちょっと! あたしは?」
抗議の声を上げる南斗を振り返り女性がほほ笑む。
「もちろん、お会いできて光栄だよ。可愛らしいお嬢さん」
その整った笑顔に南斗が照れたように俯く。
「私は
「そんなことないです! 師匠のお陰で僕はこうして医者になれたんです。……って、それより師匠! 起きない病気ってどういうことですか? 昴くん達も妙な噂を聞いてこの町に来たんです」
羽白の言葉を安曇が遮る。
「ほう、妙な噂とな?」
安曇の言葉に南斗は自身の事情と
「ふむ。……安曇、お前の意見が聞きたい。患者を診てもらえるか?」
「はい。もちろん」
そう言って診察室を出て行こうとする羽白を安曇が追いかける。
昴たちもそれに続こうとすると、羽白が足を止めて振り返る。
「申し訳ないが、ここからは私たちの領分だ。医療の心得のない者は遠慮いただけるかな」
「ちょっと待ってよ! あたしの話聞いてた?」
羽白の言葉に南斗が抗議の声を上げる。
「そうです。南斗ちゃんたちも楽園の入り口の情報を探しているんです。この子たちが悪い子ではないことは僕が保障します」
安曇も南斗の言葉の後押しをする。
「愚か者! 患者は見世物でも、お前たちの情報収集のためにいるのでもない! 私は彼らを救うためにお前を呼んだのだ。安曇、そんなこともわからないのか!」
「あっ……」
羽白の言葉に安曇が俯く。
「……だが、南斗の事情もわからんわけではない。安曇、お前が代わりに見極めよ」
「師匠……」
「良いな、安曇。……南斗。悪いが私が譲れるのはここまでだ」
羽白はそう言って南斗を見つめた。
「南斗、ここは安曇に任せようぜ」
トンボの言葉に南斗が不服そうな顔でうなずく。
「ここで待たせていただいてもいいですか?」
そうたずねる昴に羽白は、診察室の隣の部屋で待つよう答えると、安曇を連れて診察室をでていった。
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