4_燃料屋とソファ

 食堂で燃料屋の場所を聞くと道沿いに歩いてすぐとのことだった。

スクーターを押しながらしばらく歩くと言われたとおり、店先にバイクやスクーターが数台並んだ燃料屋が見つかった。


 他と同じようにスクーターを店先に止めて、すばるは中に向かって声を掛ける。

「すみません。燃料をお願いしたいのですが」


「おう。今ちょっと混んでるから、待っててくれるか? メシがまだなら、その先に食堂があるから先に食ってきてくれてもいいぞ」

店の奥から野太い男性の声で返事が返ってくる。


 その言葉に、食事は終わっているからここで待つ、と返事をし、昴と南斗なんしゅはスクーターの脇に腰をおろす。

ほどなくして道沿いの人工太陽が消えたことで、夕方六時になったと知れた。


 さらに待つこと三十分弱。

店先のスクーターとバイクが無くなり、店の奥から体格のいい作業着姿の男性が出てきた。


「待たせたな。……って、おい、家出か?」

昴と南斗の姿を見た男性は、まだ幼さの残る二人を見て驚きの声を上げる。


「違うわ!」

「違います!」


 男性の言葉に昴と南斗のつっこみが重なった。


「へぇ~、流れの修理屋ね。面白いことしてんな」

倉鍵くらかぎと名乗った燃料屋の男性はスクーターに燃料を入れながら、昴に声を掛けた。


「はい。いろいろなものを見て回りたくて」

倉鍵の言葉に昴が設定どおりの返事を返す。


「んで、そっちのお嬢ちゃんは街道でヒッチハイクしているところを拾われたと」

「拾われてないし、お嬢ちゃんじゃないし。南斗って、超美しい名前があるし」


 お嬢ちゃんと呼ばれた南斗は、不服だと言わんばかりに倉鍵に言い返す。


「はいはい。それで、南斗さんは何でまた旅なんてしてるんだい?」

何その言い方~、と文句を言いながら答えようとした南斗を昴がそっと止める。


「初対面なのに随分いろいろと聞くんですね。誰に対してもそうなんですか?」


「気を悪くしたならすまん。つい気になっちまって。お前たちの年で地下を旅してるなんて。しかも今は二人だが、本当は一人で旅してるなんて言うからよ」

固い表情でたずねる昴に、倉鍵は一瞬驚いた顔をした後で素直に頭を下げた。


「……いえ、すみません。こちらこそ嫌な言い方をして」

その姿に昴も慌てて頭を下げる。


「いや、そのくらい警戒した方がいいだろ。俺の方こそ悪かったな」

お互い謝り合っている二人を見ながら、南斗がおもむろに口を開く。


「あたし、P-8517を目指しているんだけど、道知らない?」


「「南斗!!」」

「もともと、ここで情報収集する予定だったじゃん。言わなきゃ始まんないよ」


 驚きの声を上げる昴とトンボに南斗が返す。


「へぇ、このドローン喋るんだな。んで、南斗、その腹の括り方、俺は嫌いじゃねぇぜ」

トンボを見上げて感心したように呟いた後で、倉鍵は南斗の顔を見た。


「ところでお前たち、今夜はどうするつもりだ? 宿屋なんて気の利いたもの、この町にはないぞ」

終わったぞ、と燃料タンクの蓋を閉めながら、倉鍵が昴と南斗を見つめる。


「ちょっと、P-8517の話はどこ行ったのよ」

南斗が口をとがらせて不満の声を上げる。


「いいから、どうするつもりだよ?」

そんな南斗に倉鍵がもう一度同じ質問をする。


「野宿かな。寝袋あるし。ねっ?」

南斗はあっさり答えると、同意を求めるように昴とトンボを見つめた。


「ですね」

倉鍵の質問に、どう答えようか迷っていた昴は南斗の言葉にうなずく。


 昴とトンボはもともと寝る必要はない。

なので、本当なら燃料を補充したらそのまま出発するつもりだった。


 しかし、一時とはいえ想定外に南斗という旅の連れができてしまった。

さすがに人間の南斗を連れて夜通し移動するわけにもいかないので、どうしようかと思っていたのだが、南斗が野宿でいいというなら昴たちは構わなかった。


 南斗のリュックサックに丸めた寝袋がついていることも気が付いていた。

もちろん昴たちには野宿の準備なんてなかったが、寝る必要もないのでそこは問題ない。


 その返事を聞いて、倉鍵が眉間に皺を寄せる。


「作業場の隅でよければ貸してやる。応接用のソファが二つあるから使いな。毛布もボロでよければ持ってきてやる」

「えっ? それは嬉しいけど、でも、それよりP-8517の話……」


「してやるから、まずはその埃まみれの体をなんとかしてこい! シャワーは作業場の奥だ!」

そう言って倉鍵はカウンターからタオルを取り出すと南斗に投げつける。


「噓! シャワーあるの? 行く、行く!」

タオルを受け取った南斗は嬉しそうに作業場の奥へと去っていく。


「現金な奴だな。ほれ、昴、お前の分」


「いいんですか?」

投げられたタオルを受け取りながら昴がたずねる。


「子ども二人を夜の町に追い出すほど鬼じゃねぇよ。野宿よりはマシだろ」

店のシャッターを閉めながらそう言うと、毛布取ってくるな、と倉鍵が作業場を出て行こうとする。


「あの! ありがとうございます!」

その背中に慌ててお礼を言う昴に、大したことじゃねぇよ、と答えながら倉鍵は去っていった。


「……いい人すぎませんか?」

南斗がシャワーに、倉鍵が毛布をとりに、それぞれ作業場からいなくなったことを確認してから、昴がトンボに声を掛ける。


「確かにな。でも、奴らの手先だとしたら、さすがに早すぎねぇか」


 トンボの言葉に昴はうなずく。

トンボが言う『奴ら』とは、ジャスパーたち『仮称楽園計画』の人間のことだ。


 自分たちが修理屋から姿を消したことに彼らが気が付くことも、彼らが追ってくることも時間の問題だとは思っているが、まだ一日もたっていない。

自分たちが北を目指していることは葉室はむろたちにも言っていないし、トンボの言うとおりさすがに気にしすぎだろう。


「それ以外に俺たちに何か価値があるとも思えねぇしなぁ」

「ですよね」


 南斗も含めて自分たちがお金を持っているようには、お世辞にも見えまい。

あとは、人攫いの線だが、今は男のふりをしている自分は論外だろうし、となると残るはあの南斗だ。


「南斗を見て、攫おうとは思いませんよね」

「本人に聞こえたら、殴られるぞ」


 思わず零れた昴の言葉にトンボがつっこみを入れる。


「まぁ、警戒するに越したことはねぇが、今はありがたくお言葉に甘えようぜ」

「ですね」


 ちょうどシャワーを終えた南斗と入れ替わりに昴も作業場の奥に向かう。


 アンドロイドとは言え、半日地下を走れば土埃もつく。

きっちり防水加工をしてくれた博士に感謝しつつ、昴も汚れを落とした。

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