3_具沢山のシチューと楽園の入り口
重量オーバーなスクーターがP-7707についたのは夕方だった。
といっても、人工太陽しか光源のない地下では、朝も昼も夕方も周りの明るさに変わりはない。
町の人工太陽が灯るのは朝六時、消えるは夕方六時。
それ以外の時間を知るには手元の時計を見るしかなかった。
「さぁ、着きましたよ! 早く話の続きを!」
「おなか空いたなぁ~」
話の続きを急かす
「ふざけないでください! 約束は守ると言ったでしょう!」
声を荒げる昴を南斗がまぁまぁと押しとどめる。
「ごはんでも食べながら話そうよ。短い話じゃないしさ」
その暢気な顔に昴のこめかみに青筋が浮かぶ。
「まぁ、確かにここで立ち話は目立ちすぎるわな。昴、南斗の言う事ももっともだ。メシにしようぜ」
フロントバスケットからの声に昴はため息をつく。
「……私たちは食事は必要ないでしょう」
「えっ? 何? 何か言った?」
ため息と一緒に零れた昴の言葉に、うまく聞き取れなかったのか南斗がキョトンとした顔で聞き返す。
「なんでもありません! さっさと行きますよ!」
そう言うと昴は、どこか食事のできる店を探すべく、町の中へとスクーターを走らせだした。
「はぁ~、美味しい~。温かい食事なんて何日ぶりだろ?」
「慌てて食べると火傷しますよ」
入った食堂で、湯気をたてる具沢山のシチューをハフハフ言いながら食べる南斗に昴は思わず苦笑してしまう。
「は~い。それより、トンボはともかく、昴は食べないの? ここまで乗せてもらったし、奢るよ」
シチューを食べながらモゴモゴとたずねる南斗にふとかつての博士の姿を重ねてしまい、昴はキュッと眉間に皺を寄せる。
「ん? どうした? 具合悪い? これ食べる?」
驚いた顔で南斗がスプーンを止め、昴にシチューを差し出す。
「いえ、大丈夫です。それより話を」
思い出してしまった姿を振り払うように軽く頭を振ると、昴は差し出されたシチューを南斗に押し戻した。
「あぁ、そうだよね。……えっと、地下から楽園に行く人たちって、みんな、P-8517から行くんだって。あたしちょっと急ぎで楽園に行かないといけなくてさ。ソコを目指してんの。上手く紛れ込めないかと思ってさ」
サラッと言った南斗は、食べちゃっていいの? と昴に確認してから、またシチューを食べ始める。
「短っ! どこが、短い話じゃないからさ、なんだよ! ってか、ちょっと急ぎで、って何だよ! ちょっとそこまで買い物に、みたいな言い方してんじゃねぇよ! 軽すぎだろ!」
南斗の言葉にトンボが力一杯のつっこみを入れる。
「トンボの言うとおりです。紛れ込むって、簡単に言いますが一体どうやって? それにその話は一体どこから、どんな経緯で手に入れたんですか? もう少しきちんと説明してください」
昴も困惑した顔で南斗に詳しい説明を求める。
「ふぅ~、ごちそうさまでした。おいしかった~。……って、えっ? 何? 何か言った?」
空っぽになった器を前に満足そうにお腹をさすった南斗は、今気が付いたと言わんばかりの顔で昴とトンボを見つめる。
「「ちゃんと説明しろ!」」
「ひゃっ、ひゃい!」
昴とトンボの剣幕に驚いた南斗は、慌てて事の経緯を話し始めたのだった。
△△△△△△△△△△
南斗が育ったS‐6086はS地区の中でも治安の悪い地域だったそうだ。
物心つく頃には両親はなく、周りには同じような境遇の子どもたちがたくさんいた。
その中に
年の近かった二人は、お互いを姉妹のように思い、支え合って暮らしていたそうだ。
町での生活は決して楽ではなかったが、幸い南斗と雨夜には才能があった。
南斗には踊りの、雨夜には歌の才能が。
二人は近隣の町で歌と踊りを披露して、その日の糧を稼いでいた。
そんな生活が続く中、二人の生活を一変させる事件が起きた。
雨夜に『招待状』が届いたのだ。
二人とも最初は何かのいたずらだと思ったそうだ。
住む家もないような自分たちに招待状が届くわけがない、と。
でも、招待状は本物だった。
数日後、管理局の人間が雨夜を迎えに来たのだ。
喜ぶ南斗や羨む周りとは裏腹に、まだ幼い雨夜は南斗と別れることを嫌がった。
そんな雨夜に南斗は思わず言ってしまった。
「あたしもすぐに楽園に行くから、あんたはちょっと先に行って待っていな」、と。
南斗も雨夜もお互いにだけは噓をついたことがなかった。
だから、雨夜はその時も南斗の言葉を信じて、管理局の人間について行った。
雨夜が楽園へと行った後、南斗は頭を抱えてしまった。
楽園に行く方法は三つだけ。
招待状が来る可能性は限りなく低い。
踊りは得意だけれど、楽園にいける程の才能ではないことは自分が一番良くわかっていた。
一番可能性があるのはお金だが、それだってすぐに用意できる額ではない。
でも、南斗には、約束を破る、という選択肢はなかった。
南斗は三つ以外の方法を必死に探した。
そして耳にしたのが、P-8517という町に『楽園の入り口』があると言う話だった。
眉唾の可能性は十分にあった。
もし仮に本当だったとしても、資格のない南斗が管理局の目を搔い潜って楽園に潜り込める見込みは限りなく低い。
でも、ゼロではない。
ゼロではないなら、挑戦しない理由はなかった。
話を聞いたその日のうちに南斗は生まれ育った町を後にした。
雨夜との約束を守るために。
△△△△△△△△△△
「悩むよりまず行動ってやつよ。ダメだったら次の方法を探せばいいしね。……って、あっ、コイツ馬鹿だ、って思ってるでしょ?」
話を終えた南斗はそう言うと昴とトンボをのぞき込んだ。
「いえ。正直、話の信憑性は微妙ですが、その思いと行動力は笑うようなものではありません」
「だな。まぁ、かなり強引なヒッチハイクだったけどな」
「……ありがと」
昴とトンボの言葉に南斗は驚いたように目を見開いた後で、少し泣きそうな顔で笑った。
「さて。じゃあ、あたしは行くね。ありがと」
先ほどまでの勝気な表情に戻った南斗はそう言ってテーブルを立つとリュックサックを背負い、店を出て行こうとした。
「あの! スクーターの燃料を入れに行こうと思うんです!」
そんな南斗の背中に昴が声を掛ける。
「えっ? あっ、あぁ、まめに入れておいた方がいいかもね」
振り返った南斗は、何の話だ?、と言いたげな顔でそう答える。
「燃料屋には仕入れの商人や行商など様々な町の人間が立ち寄るので、情報も多いと聞きます。……よければ一緒に行きませんか?」
その言葉に南斗が驚いた顔で昴を見つめる。
「……いいの?」
一瞬の沈黙のあと、おずおずとたずねる南斗に昴はうなずく。
「ありがと! 助かる!」
抱き着かんばかりの勢いでテーブルに戻ってくる南斗を見て、トンボが呟く。
「南斗って、ちょっと博士に似てるよな」
「……似てませせん」
「優しいじゃん」
「煩いですよ。……どうせ燃料屋には行くので、少し荷物が増えただけです」
憮然とした表情で昴はそう返事をすると、南斗の脇をすり抜けて店を後にした。
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