2_自称美脚の少女とヒッチハイク

 スクーターが二人の住んでいた町を抜けて街道に出る頃には、手元の時計は昼過ぎを示していた。

街道の分岐点に出たすばるは一旦スクーターを止めて、フロントバスケットのトンボに声をかける。


「とりあえず北に向かいますか」

「そうだな」


 博士の残した石からトンボが読み取った座標に何があるのかはわからないが、ここから北にあたることは確かだ。

トンボの返事に軽くうなずくと昴は再びスクーターのエンジンをかけた。


「おっと危ない」


 しばらく走っていると、岩陰から突然何かが目の前に飛び出てきた。

が、たいして驚きもせず、昴は軽い掛け声とともに避けようとした。

のだが……


「こら、待て! この美脚を無視する気か!」


 まだ幼さの残る少女の声にスクーターは障害物を通り過ぎた少し先で停車する。


 振り返った昴が目にしたのは、半袖短パン、腰に上着を結びつけ、大きなリュックサックを背負った少女。

確かに短パンからは生足がのぞいているが、その声の主はどう見ても昴とどっこいか、むしろ年下。


「あと十年してから、出直してきな!」

フロントバスケットからトンボが声を上げる。


「こら、失礼ですよ。……申し訳ないですが、先を急ぎますので」

昴はトンボを窘めると、少女に軽く頭を下げて走り出そうとする。


「待って、待って! お願い! 隣町まででいいから乗せてって!」

いつの間にか真後ろまで距離を詰めていた少女が、スクーターの後ろに括り付けた鞄を掴んで叫ぶ。


「ちょっと! 何するんですか? 危ないでしょう! 離してください!」

振り返った昴がギョッとした顔で少女を咎める。


「ヤダ! 乗せてくれるって言うまで、離さない!」

「やめなさい!」


「い~や~だ~」


 何度押し問答を繰り返しただろう。

絶対離すものかと鞄を握り締める少女に昴は諦めてスクーターのエンジンを切った。


「はぁ……とりあえず話は聞きます。一体どうしたんですか?」

「ヤダ! 乗せてくれるって言わないと離さない!」


 少女の言葉に昴は眉間に皺を寄せる。


「このまま走り去ることもできるんですよ」

「すいませんでした!」


 昴のその言葉に少女はあっさり鞄から手を離し、バンザイの姿勢で頭だけをぺこりと下げた。


「で、一体、何の真似ですか?」

スクーターを街道の脇に止めながら昴は改めて少女にたずねる。


「あたしの名前は南斗なんしゅ。S地区から来たんだけど……」

「はぁ? S地区だって? 女の子が一人で別の地区からここまで来たっていうのかよ!」


 フロントバスケットから出て、昴と南斗の頭上をふらふらと飛んでいたトンボが驚きの声を上げる。

昴も驚きの目で南斗を見つめる。


 蟻の巣のように広がった地下は管理局によっていくつかの地区に分けて管理されていた。

昴たちが今いるのはP地区だ。


 別に地区を跨いだ移動が制限されているわけではないが、地上とは違い最短距離を進むことができない地下では、目的地まで町と町を繋ぐ街道を辿っていくしかないので、かなりの手間と時間がかかった。


 地区ごとに自治は独立していたし、物流も地区を跨ぐようなものは管理局が行うので一般人が関わることはない。

別の地区に行ったところで結局のところ地下は地下。見える景色が変わるはずもなく。


 そんなこんなで、必要もないのにわざわざ労力を使って移動する人間は珍しかった。

しかも、それが年端もいかない少女の一人旅となれば、昴とトンボが驚くのも無理はない話だった。


 まぁ、その意味では昴とトンボの『いろんなものが見たくてのんびり旅をしている流れの修理屋』という設定も十分変わり者ではあるのだが。


「えっ? 何? あんた喋れるの?」

一方で、南斗もトンボが話しだしたことに驚きの声を上げる。


「もちろん! 俺の名前は、カ……っと、トンボだ。昴が作ったドローン第一号だぜ。あぁ、昴ってこいつのことね」

「こら! 不用意に名乗るんじゃない!」


 勝手に自己紹介を始めるトンボを昴が睨みつける。


「まんまな名前ね」

「うるせぇよ!」


 南斗の素直な感想にトンボはすかさずツッコミをいれる。


「……実は私、P-8517を目指しているの」

周りに誰もいないことを確認してから、秘密を打ち明けるように小さな声で告げた南斗を昴とトンボはポカンとした顔で見つめ返した。


 『P-8517』とは、P地区の8517番の町という意味だ。


 と言っても、地区や町を示す文字や番号に規則性はなく、隣接している町といっても町番号が連続しているわけでない。

例えば、昴たちが博士と暮らしていた町はP-2768だけれど、これから向かう先は街道の立て看板を信じるならP-7707だ。

 

 地下の住人に自分たちの住む世界を把握させないための管理局の陰謀だなんてことがまことしやかに言われているが、もちろん真実はわからない。

ただ、地下では一般人は地図の作成も所持も認められていないので、あながち噓でもないのかもしれない。


 そういう訳で、こっそりと打ち明けてくれた南斗には悪いが、P-8517と言われても、そこがどこなのか昴もトンボもさっぱりわからなかった。


「……えっと、どこ? そこ?」

それ以上の情報が南斗の口から語られる様子がないことを悟った昴が、おずおずと南斗にたずねる。


「えっ? 知らないの? 『楽園の入り口』の町でしょ?」

「「はい?」」


 南斗の言葉に昴とトンボは揃って驚きの声を上げた。

楽園の入り口がP地区にあるなんて聞いたことがない。


「その話、詳しく聞かせてください!」

予想外に手に入れた楽園への情報にもっと詳しい話を聞きだそうと昴が南斗に詰め寄る。


「これ以上は秘密! って言いたいところだけど、隣町まで乗せて行ってくれるなら教えてあげてもいいよ」

その昴の様子に自分の持つ情報の価値に気が付いた南斗がニヤリと笑って答える。


「なっ! 卑怯です!」

「甘い! 甘い! 情報には対価が必要。常識でしょ? これは正当な取引よ」


 目の前でチッチッと指を振ってドヤ顔をする南斗を悔しそうな顔で昴が睨みつける。


「昴、諦めろ。どうせP-7707には行くんだし、ちょっと荷物が増えたと思うことにしようぜ」

「……仕方ありません」


「本当にP-7707まで乗せて行けば話してくれるんですよね?」

「もちろん! こんな可憐な少女が嘘をつくわけないじゃん」


 渋い顔のまま念を押した昴は南斗の言葉に眉間の皺をさらに深くする。


「ほらほら、急がないと夜になっちゃうよ!」

そんな昴を無視して、スクーターの後に括り付けた鞄を勝手にどかそうとする南斗を慌てて昴が止める。


「わかりましたから、ちょっと待ってください! 今、座る場所を作りますから!」


 数分後、大きなリュックサックを背負った少女を後ろに乗せて、自分は斜め掛けした鞄を不自由そうに前に抱えながら運転する、明らかに重量オーバーなスクーターが街道をのんびりと走り過ぎていった。

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