第二章 夢見る流れ星

1_昴とトンボ

「スピカ、それにしても思い切ったな」

すばるです。もう忘れましたか? トンボ」


 早朝の町中をスクーターが一台、のんびりと走っていく。


「なんでトンボなんだよ。もうちょっとカッコイイ名前なかったのかよ~」

「多数決です。諦めなさい」


 スクーターを運転するのは、昴と名乗る少年。


 律儀に被ったヘルメットから、ぴょんぴょんと短い銀髪がのぞいている。

本当は綺麗な銀色の目をしているのだが、縁の太い黒縁眼鏡の印象が強く、その目に気が付くものは少ないだろう。


 スクーターのフロントバスケットにはトンボと呼ばれたドローンが入っている。


 話は少し前に遡る。

町の雑貨屋の二階で人間二人とドローン一体が、一人のアンドロイドを見つめて悩んでいた。


「問題はスピカちゃんだね」

「トンボ型のドローンを連れた銀髪に銀色の目の少女型のアンドロイド、なんて目立ってしょうがないぞ」


 雑貨屋を営む葉室はむろとその母親の未央みおが、どうしたものか、と顔を見合わせる。


「俺たちが修理屋から姿を消せば、奴らもすぐに気が付いて、俺たちを探し始めるよな」

トンボ型のドローン、カノープス、も、三人の頭の上を飛びながら呟く。


「葉室さん、ハサミをお借りできますか?」

みんなの言葉を受けて、銀髪のアンドロイド、スピカ、が、葉室にたずねる。


「ハサミ? これでいいか?」

葉室が机の上に置かれたハサミを差し出すと、ありがとうございます、とスピカはお礼を言って受け取る。


 ジャキッ


 みんなが止める間もなく、スピカは自分の長い銀髪を掴むとそれを切り落とした。


「おい!」

「スピカ! 何しているんだ!」


 ジャキ、ジャキ

葉室とカノープスの声を無視して、スピカはハサミを動かし続ける。


「スピカちゃん、止めなさい!」

未央がスピカの手からハサミを取り上げる頃には、スピカの足元には自身の銀髪がいくつも山になっていた。


「どうでしょう? こうすれば人間の少年に見えるのではないでしょうか?」

髪を切り終わったスピカは、博士の部屋から持ってきてしまっていた黒縁眼鏡をかけるとみんなにたずねた。


「「「……」」」


「……博士の真似をしてみたのですが、ダメだったでしょうか?」

返事のない三人に不安そうにスピカがもう一度声を掛ける。


「バカ! さっきも言っただろ! そういうことは一言断ってからやれって!」

カノープスがスピカを怒鳴りつける。


「バカな子だよ。綺麗な髪を」

そう言って未央がスピカをそっと抱きしめ、短くなった髪ごとその頭を撫でた。


「スピカ、あのな、って……はぁ、カノープス、スピカを頼んだぞ」

葉室はスピカに何か言いかけたものの諦めたようにため息をつくと、カノープスに声を掛けた。


 その後、少しでもと、未央が形を整えてくれたおかげで、スピカの頭は短いなりになんとか見れたものにはなった。


「化けたな。確かにこれなら人間の少年と言われれば信じるわ」

葉室のおさがりの服を着たスピカの姿にカノープスが驚きの声を上げる。


「移動手段は博士のスクーターだろ? だったらヘルメットを被れば銀髪はほとんど見えないだろ」

葉室の言葉に未央もうなずく。


「でも、もう無茶はやめてくれよ。何かするときには必ず俺に言ってからにしてくれ」

「……ごめん。カノープス」


 カノープスの言葉に葉室と未央が大きくうなずくのを見て、スピカは申し訳なさそうに頭を下げる。


「あとは名前か」

「そうですね。彼らが来た時に博士は私たちの名前を一度も呼びませんでしたし、私たちも名乗りませんでしたが」


「調べりゃすぐにわかることだよな」

葉室の言葉にスピカがうなずく。


「名前ねぇ。この辺じゃ星の名前を付けるのが相場だから……」

未央の言葉に、そうなんですか?、とスピカが少し驚いた顔をする。


「あら、知らなかったの? 地上への憧れだか何だか知らないけど、星から名前を取ると幸せになれるって言われているのよ」

「へぇ、じゃあ葉室も?」


「あぁ、葉室ってのは葉室星はむろのほし、南十字星の別名だよ」

「あたしの未央は未央星みおのほし、シリウスだよ」


 そうなんだ~、とスピカとカノープスが驚きの声を上げる。


「お前らだって星の名前じゃねぇか」

葉室の言葉に、えっ?、とスピカとカノープスが顔を見合わせる。


「スピカは、おとめ座の中で一番明るい星よ。女の子らしい名前をって思ったんでしょうね」

未央の言葉にスピカは、そうだったんですか、と恥ずかしそうに俯く。


「俺は? 俺は?」

騒ぐカノープスに葉室が苦笑いして答える。


「カノープスは、りゅうこつ座の星だよ。かつて地上にあった国の伝説に出てくる水先案内人の名前さ」

「水先案内人……」


「スピカのこともきっちり案内してやってくれよ」

「おう。任せろ!」


「博士は二人のことを本当に大切に思っていたのね」

「あぁ、別の名前を名乗ることになっても、その名前がお前たちの本当の名前だ。それは忘れるなよ」


 未央と葉室の言葉にスピカとカノープスも静かにうなずいた。


「ところで、名乗るなら珍しくない名前がいいよな」

「そうだねぇ……あっ、昴ならどうだい?」


「昴?」

二人でうなずき合う未央と葉室にスピカがたずねる。


「おうし座の一部のプレアデス星団って星の別名なんだけどね……ははっ」

そこまで言った未央が思わず笑いだす。


「おいおい、なんだよ」

カノープスがつっこむと葉室も笑いながら続きを引き取って言った。


「確かにいいな。多いんだよ。響きもちょっとカッコイイし、男でも女でも使える名前だからな。石を投げれば昴にぶつかるって言われるくらいザラな名前だよ」

「でも、なぜかみんなつけたがるんだよねぇ」


「なるほど、ちょうどいいですね」

笑いあう二人を見ながらスピカがうなずく。


 こうしてアンドロイドの少女『スピカ』は、銀髪の少年『昴』となった。


「次は俺、俺! 超カッコイイ名前にしてくれよ」

カノープスが三人の頭上をぶんぶん周りながら声を上げる。


「いや、お前の名前は決まってるだろ」

そんなカノープスを見上げて葉室が言う。


「そうだねぇ」

「ですよね」


 未央とスピカも顔を見合わせてうなずく。


「えっ? 何、何? そんなに俺にぴったりの名前があるの?」

カノープスが嬉しそうに声をあげる。


「そりゃ、やっぱり……」


「「「トンボでしょ!」」」


「見たまんま!」

綺麗に揃った三人の声に『カノープス』、改め『トンボ』のツッコミが木霊した。


 そして、話は今に戻る。


「星の名前が縁起がいいって話はどこにいったんだよ」

ぶつくさと文句を言うトンボに昴が苦笑する。


「わかりやすくていいと思いますよ。それに十代の少年が初めて作ったドローンの名前という意味でも最適です」

わざわざドローンをトンボ型にする必要はないわけで、その理由を問われたときの答えとして、少年特有の妙なこだわり、が、一番しっくりくるだろうとなったのだ。


「そんなことより、もう少し急ぎませんか? 彼らがいつ気が付くかわかりませんし」

前を見たままの昴が少し焦ったようにトンボに話しかける。


「ダメ、ダメ。俺たちはいろんなものが見たくて旅をしている流れの修理屋なの。この町も数日前にきたばかり、名残惜しいけど、次の町を目指して走り出したところなんだから。それに町中でこれ以上スピードだしたら、目立っちまうよ」


 自分たちの設定を今度はトンボに言い返されて、昴は渋々うなずく。


「そうでしたね。トンボ、これからの旅がどのようなものになるかわかりませんが、よろしくお願いします」

「おう。頼まれたぜ。相棒」


 二人を乗せたスクーターは早朝の町をのんびりと走り去っていった。

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