8_流れ星と二人の旅立ち

「あら、スピカちゃんにカノープス、いらっしゃい。って、あんた、その顔、どうしたの?」

未央みおさん、お邪魔します。汚れたままですみません」


「ほらほら、挨拶はいいから、二階にあがんな。母さん、ちょっとこいつらと話してくるから」

雑貨屋に着くと、葉室はむろはスピカとカノープスを二階の自分の部屋へと案内した。


「ちょっと待ってくれよ。確かこの辺に……あぁ、あった、あった、これだよ」

二人に適当に座るように言って、葉室は机の引き出しを探すと目的のものを片手に振り返った。


「ほらよ」


「「……」」

葉室はむろの差し出した手に飛びつくように二人は顔を寄せて、そのまま言葉を失う。


「だから、ただの石ころだって言っただろ?」

二人の様子に葉室が気まずそうな顔をする。


 葉室の手が差し出したのは、子どもの握りこぶしほどの黒い石だった。

ざらついた表面のそれは、道端に転がっているそれと何ら違いはない。


「……本当に石ころだな」

カノープスの言葉に、俺は最初に言ったからな、と葉室が慌てて付け加える。


「とりあえず成分解析をしてみましょう。何かわかるかもしれません。葉室さん、お借りしてもいいですか?」

「構わないよ。ほれ」


「ありがとうございます。カノープス、お願いできますか」

「ほいよ」


 葉室から黒い石を受け取ると、スピカはカノープスに声をかける。

スピカは自分の前まで降りてきたカノープスの背中に手を掛けると、そこを開け黒い石をセットした。


「へぇ、カノープス、お前、そんなこともできるのか?」


「まあな。ちょっと待ってくれよ」

驚く葉室に得意気に返事をするとカノープスの目が緑色に光り出す。


「う~ん。言いにくいんだけど、ただの石だぜ。丸い粒が混じっているのが珍しいと言えば珍しいが……って、おい! なんだこれ?」


 パシィィィ


 黒い石の成分分析の結果を話し始めたカノープスが驚きの声を上げた瞬間、その目から青白い光線が細く伸びていく。

15cm程伸びたそれは、しばらくすると薄れて消えていった。


「おい、今の光はなんだよ?」

「カノープス、どうしたんですか?」


 驚きの声を上げる二人にカノープスが答える。

「座標だ。どういう仕組みかわからないが、この石に座標情報が入っているみたいだ」


「座標? どこのだよ?」

「えっと、この座標は……」


「カノープス、待ってください!」

カノープスが座標の示す場所を答えようとしたところをスピカが慌てて遮った。


「葉室さん、ありがとうございました。石はお返しします。万が一、この石を欲しいと言う人が現れたら、何も聞かずに渡してください。私たちはすぐに失礼します。カノープス、座標は記録しましたね?」

早口でそれだけ告げると、スピカはカノープスに確認してから黒い石を取り出し、葉室に押し付けると足早に部屋を立ち去ろうとする。


「おい、急にどうしたんだよ? 待てって」

慌てて止める葉室にスピカは部屋の扉に手を掛けたまま振り返らずに答える。


「博士が管理局に連れていかれました」


「……!」

その言葉に葉室が息を飲む。


「すみません。博士にもう一度会うことしか私は考えておらず、葉室さんにご迷惑をかける可能性に思い至りませんでした。私たちはすぐに町を去ります。もし彼らがきたら私たちのことを話していただいて構いません。座標は聞いていないと言って、石を渡してください。本当にすみませんでした」


 そう言うと、カノープス行きましょう、と声を掛け、スピカが部屋を出ようとする。


「スピカちゃん、今の話って……」


「あっ……」

扉を開けたスピカは、お茶を載せたトレイを持ったまま立ち尽くす未央を見て言葉を失った。


「……とりあえず座れよ。母さんも」

スピカたちを見つめた葉室が、三人に部屋に戻るように声を掛けた。


「とりあえず座って。スピカ、事情を話してくれ」

部屋に戻ったスピカは葉室の言葉に俯いたまま首を振る。


「博士とは一朝一夕の付き合いじゃないんだ。はいそうですか、って、お前たちを帰すわけにはいかないよ」


「これ以上のご迷惑はかけられません」

頑なに首を振るスピカの肩に未央がそっと手を掛ける。


「スピカちゃん、あんたとカノープスだけでどうしようって言うんだい。あの子とは、あの子がこの町に来てから十年の付き合いだ。今じゃ、娘も同然なんだよ。あの子が大事にしているあんた達もね。さぁ、母さんに話してみるんだ」

「未央さん……」


 未央の言葉にスピカは、博士が管理局へ連れていかれたこと、博士は自分のことは忘れて地下で暮らせと自分たちに言い残したこと、自分たちは博士にもう一度会いたいこと、それだけを話した。


「すみません。これ以上はお二人にもお話できません」

頭を下げるスピカに二人は首を振る。


「それで、二人はその石が示した座標とやらに行くつもりなのかい?」

「はい。管理局に向かったところで博士に会う事はできないでしょう。それよりも、博士の探していたものを同じように探せば、どこかで出会えるかと」


「危険すぎる。年端もいかない女の子とトンボ一匹で地下を旅するなんて。何があるかわからないんだぞ」

「大丈夫。私たちは機械です。互いの修理もある程度はできます」


 とんでもない、と言いたげな顔で声を上げる葉室に、スピカは静かに答える。


「博士の言うとおり、このまま暮らせばいいじゃないか。ここいらじゃ修理屋はお前たちの所だけだ。なくなったらみんな困るし、博士のことだ、そのうちひょっこり帰ってくるかも……」

「ありがとうございます。でも、行きます」


 管理局に連れていかれた人間がひょっこり帰ってくるなんてありえないことを、その場の誰もがわかっていた。


「どうしても行くっていうんだね?」

「おい! 母さん!」


「黙りな。あたしはスピカちゃんとカノープスに聞いてるんだ。息子の言うとおり、無茶だよ。危険だよ。それでも行くっていうのかい?」

「「はい」」


 真剣な顔で見つめる未央にスピカとカノープスは即答した。


「わかった。だったら支度をするよ」

「おい! 無茶だ!」


 慌てて止める葉室を未央がギロリと睨む。

「同じことを何度も言わせるんじゃないよ」


「そんな、ダメです! これ以上のご迷惑は……」

慌てて断るスピカの肩を葉室が、ポン、と叩く。


「……諦めろ。ああなった母さんを止めることなんて誰にもできねぇよ」


「でも……」

「そうだよ。これ以上、俺たちに関わったら、どんな迷惑がかかるか」


 なおもためらうスピカは、カノープスの言葉に大きくうなずく。


「カノープス、管理局と俺の母さん、どっちが怖いか? お前だってわかってんだろ?」

苦笑いしながらそう言って葉室はカノープスを見る。


「……すまない。恩に着る」

「カノープス!」


 カノープスの言葉にスピカが驚きの声を上げる。


「スピカ、博士を探すにしても、座標の場所に行くにしても準備は必要だ。でも、旅どころかこの町を出たこともない俺たちじゃ、準備も何もできねぇよ」

カノープスの言葉に言い返せないスピカを見て、未央と葉室は顔を見合わせてうなずく。


「さぁ、話が決まったら、さっさと支度するぞ」


 数時間後。


「……本当に、何から何までお世話になってしまって、何とお礼を言えばいいのか」

雑貨屋の前でスピカが未央と葉室たちに深々と頭を下げる。


「何言ってんだい! 修理屋はいつでも帰ってこれるようにしておくから、あの子を連れて必ず帰ってくるんだよ」

スピカとカノープスに未央が声を掛ける。


「これ、自転車の修理代」

「えっ! いただけません! ここまでしていただいて、むしろこちらがお支払いすべきなのに……」


「いいから持っていけ」

「そんな……って、こんなに! ダメです!」


 葉室から押し付けられた金額を見て、スピカが目を丸くする。


「持っていきな。あって困るものじゃないからね」

未央にも言われてスピカがおずおずと受け取る。


「それから、これも。お前たちが持っていた方がいいだろ」

葉室がそう言って黒い石を差し出す。


「いいのか?」

「俺が持っていても仕方ないし、むしろない方がやつらが来た時に誤魔化しやすいよ」


「すまない」

そう言って目の前に降りてきたカノープスに、葉室は黒い石をセットする。


「「本当にありがとうございました」」

スピカとカノープスは再度お礼を言って雑貨屋を後にした。

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