7_自転車の修理と星探し

 ホログラムが消えた後、スピカとカノープスは博士の寝室だけではなく、家中を探し回ったが、何の手がかりも見つからなかった。

黒縁眼鏡も作業場に持ち込んで調べたが、二度とホログラムが現れることもなければ、その仕組みすらわからなかった。


「「……」」

なすすべもない状況にスピカとカノープスが茫然と作業場に佇んでいたその時。


「お~い。お願いしていた自転車できてるか? ……って、なんだよこれ?」


 その声にハッとしてスピカが作業場の入り口を見ると、近くに住む雑貨屋の葉室はむろが驚いた顔で作業場の入り口に立っていた。

「どうした? 何があったんだよ?」


「「えっ?」」

葉室の言葉にスピカとカノープスは一瞬顔を見合わせた後で、あぁ、そうか、とお互い顔を見合わせて納得してしまう。


 作業場ではあれだけの騒ぎがあったのに、ジャスパーたちは外に一切その気配を見せないまま、博士を連れ去ったようだった。

さすが雲の上のお方は、その手際も素晴らしかったわけだ。


「すみません。まだできていないんです。すぐに修理しますので、少しお待ちいただけますか?」

「構わないよ。そんじゃ、その間に片付けをしておいてやるよ」


 スピカの言葉にうなずきながら、葉室が足元に散らばった部品を拾い始める。


「いえ、お客様にそんなことはさせられません。お気になさらず、お掛けになってお待ちください」

転がった椅子を拾って指し示すスピカに、気にするだろうよ、と葉室が苦笑してカノープスに声をかける。


「カノープス、どこにしまうか教えてくれよ」

「悪いな。助かる」


 葉室の言葉にお礼を言いながら、カノープスがあれこれと場所を差し示す。

その様子に一度頭を下げるとスピカは自転車の修理に取り掛かった。


「そういや博士のやつ、片付けもしないで、どうしたんだ?」

片付けながらたずねる葉室の言葉にスピカの手が止まる。


「……あぁ、ちょっと、出かけちまってな」

苦し紛れに答えるカノープスに葉室が、あぁ、と苦笑しながら言葉を続けた。


「なんだアイツ。また『星探し』とやらに行っちまったのかよ。必要な時にいないんじゃ、しょうがないな」


「「はいっ?」」

葉室の言葉にスピカとカノープスが同時に大きな声を上げる。


「えっ? 何? どうした?」

二人の予想外の反応に葉室も驚きの声を上げる。


「なんですか? 星探しって。博士は何かを探していたんですか?」

「おい、何か知っているなら教えてくれ!」


 詰め寄る二人に、いや俺も詳しくは知らんけど、と若干引きながら葉室は、博士と星探しについて話し始めた。


「俺と博士が出会ったのは、今から十年前くらいだったかな。ずっと空き家になっていたここに、ある日ふらっとやって来て修理屋を始めたんだよ。流れ者なんて、ここいらじゃ珍しくもなかったが、一応は年頃の女性だ。危ないことがあっちゃいけないと、ちょくちょく顔だしていたんだけどさ。時々、ふいっと旅にでちまうんだよ。本当になんにも言わずに出かけちまうから、一度怒ったんだ。心配するから、事前に行先といつ帰るかだけは言っていけって」


「それで?」


「その時に博士が言ったんだ。流れ星の落ちた場所を探しているんだって。行ってみないといつ帰れるかわからないし、そこから別の場所に足を延ばすこともあるって。まぁ、でも、それからは、一応行くときには声を掛けていくようにはなったんだ。でも珍しいな、今回は聞いてないぞ。そういうところは律儀な奴なのに」

そう言って首を傾げる葉室にスピカがたずねる。


「その星探しとやらに、博士が最後に行ったのはいつ頃ですか?」

「いつって、つい一ヶ月前くらいにも行っていただろ?」


「えっ? 部品の仕入れじゃなかったのかよ。俺たちにはそう言っていたぜ」

驚きの声を上げるカノープスに葉室が首をふる。


「いや、違うよ。だって部品はうちの店経由で仕入れてるだろ?」

「確かに。仕入れと言っても博士が拾ってくるのはいつもガラクタばかりでした」


 葉室の言葉にスピカがその時の様子を思い出したのか、眉間に皺を寄せてため息をつく。


「でも、本当に流れ星を探していたのでしょうか? 地下ですよ?」

気を取り直したようにたずねるスピカに葉室もうなずく。


「俺もそう思って聞いたんだけど、あるんだってよ。大昔の流れ星は長い時間をかけて地下に埋まっているんだとさ。一度、俺にもお土産だってくれたよ」


「持っているんですか!」

詰め寄るスピカに葉室がのけぞる。


「あ、あぁ。あるよ。でも、ただの石ころだぜ」

「見せてください! すぐに修理を終わらせます。お代は結構ですので! カノープス、手伝ってください!」


 いや、構わないけど、と答える葉室を見て、スピカとカノープスは自転車へと戻り、ものすごい勢いで修理を進めていく。


「おい、本当に石ころだぞ。いいのか?」

葉室の言葉に返事もせずにスピカとカノープスは自転車の修理に没頭していった。


「できました! さぁ、行きましょう!」

「……本当にあっという間だな。とりあえず、その手と顔を洗ってきたらどうだ?」


 オイルで汚れた手で顔を拭うスピカを見て、葉室が苦笑する。

が、明らかに焦っているスピカとカノープスの様子に、真面目な顔になる。


「よくわからんが、急ぐんだな? よし、来いよ」

そう言って作業場を出ると、修理したばかりの自転車にまたがり、葉室が後ろをスピカに指し示す。


「えっ?」

戸惑うスピカの手を葉室がひく。


「急ぐんだろ。早く乗れ。カノープスはついてこれるよな?」

「おう! 任せろ!」


「……ありがとうございます」

スピカが乗ったことを確認すると葉室は自転車をこぎ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る