6_語られた過去と博士の願い

「僕の両親は揃って『仮称楽園計画』の研究者だったんだ」

そう言うと博士は自分の過去について語り始めた。


△△△△△△△△△△


 博士は当時はまだ地下にあった仮称楽園計画の研究施設の中で育ったそうだ。


 もともと持っていた才能だったのか、それとも揃って優秀な研究者だった二人の両親の遺伝子のせいか。

博士は類まれな天才だった。


 環境と才能、その両方に恵まれた博士は幼くして、両親と肩を並べる優秀な研究者となっていた。

両親を含めた大人たちは幼い博士に優しく、存外楽しい幼少期だったと、博士は一瞬懐かしそうに目を細めた。


「でも、今から十二年前のある日、僕たちはパンドラの箱を手に入れてしまったんだ」


 十二年前。

手狭になってきた研究所を拡張するために地下を掘り進んでいたある日のこと、作業員が古ぼけた箱を見つけた。


 縦30cm、横50cm、高さ15cm

大人が一人で持てる程度の小さな箱は汚れを落とすと継ぎ目のない銀色の金属でできていた。


 箱の上面に何か言葉のようなものが刻まれていたが、今の言語とは異なり、研究者の誰もがその言葉の意味を知ることはできなかった。


 蓋も何もない箱は開け方がわからなかったものの、素材自体は比較的柔らかい金属でできていたため、やむなく切断して中身を確認することになった。

そうして箱の中から取り出されたのが古ぼけた一冊の本。


 『死者の記録』


 現代では貴重品となった紙に書かれていたことから、その本はかつて地上で暮らしていた人間が残したものと予想されたが、発見当初は箱の表面に書かれていた文字と同様にその内容を読み解くことはできなかった。


 貴重な地上の技術について何か書かれているのではないかと期待されながらも、なかなか解読の進まないそれは他のより望みのありそうな研究に押しやられ、やがで忘れ去られていった。


 博士が読み解いてしまうまでは。


 優秀とは言えまだ幼い博士には重要な研究は任されておらず、時間だけはたくさんあった。

難解な先人の遺物を読み解くに十分なくらいに。


「詳しいことは省くけれど、その本には失われた人類の叡智が書かれていたんだ。まだ幼かった僕は本に書かれた内容に夢中になった。その知識を応用すれば地上を取り戻せる。当時の僕はそこまでしか考えが及ばなかった。そして僕は作り出してしまったんだ。『真実の天秤』を」


「それがどんなものなのかなんて、考えもせずにね」

吐き捨てるようにそう言った博士は一瞬顔を歪めた。


 真実の天秤を作ったすぐ後、仮称楽園計画はごく一部とは言え地上を取り戻すことに成功し、そのことに多くの人間が歓喜した。


 でも、真実の天秤が実用化される頃には博士は気が付いていた。

その力はかつての『裁きの天使』と同様に人間が手にしてはいけない、滅びの力だということに。


 組織の中で博士は必死に主張した。

けれど、その言葉は受け入れられることはなかった。


 だから、博士は楽園から逃げ出し、地下に潜んだ。

たった一人で、真実の天秤を壊す方法と、それに代わる安全な技術を探すために。


△△△△△△△△△△


「勢いで出てきてしまったからね。最初はどうなるかと思ったんだけど、幸い修理屋としてここで暮せることになったんだ」

そう言うとホログラムの博士が作業場を見回す。


「たまに医者の真似事なんかしながら暮らしていくうちに、スピカを見つけて、カノープスを見つけて、そして、今日に至るってわけ」


「なんだそりゃ」

博士が語る想像もしなかった真実にカノープスから思わず声が零れ落ちる。


「本当です。こんな大切なこと、どうして今まで何も言ってくれなかったんですか」

スピカもホログラムの博士の話に呟く。


「おい、待てよ。まだ、続きがあるみたいだ」

悔しそうに俯くスピカに、慌てたようにカノープスが声をかける。


 その言葉にスピカも慌てて顔をあげた。


「さて、前置きが長くなってしまったけれど、ここからが本題」

ホログラムの博士がもう一度椅子の上で姿勢を正す。


 真剣なその姿にスピカとカノープスも思わず姿勢を正す。


「今、二人がこれを見ているということは、僕は志半ばで楽園に戻ることになったんだと思う。でも、安心して欲しい。僕は必ず真実の天秤を壊すし、代わりになる方法も見つけて見せる。大丈夫。なんせ僕は、美貌の天才博士だからね!」


 先ほどの真剣な表情はどこへ行ったのやら、そう言ってウインクする博士にスピカとカノープスは思わず脱力する。


「なんだよ美貌の天才博士って」

「優秀なことは認めますが、ごく限られた分野の話です。生活能力、人間性、いずれも半人前以下です。美貌に至っては言われているのを聞いたこともありません」


 カノープスのツッコミにスピカも大きくうなずく。

そんな二人の言葉を無視してホログラムの博士の顔が、また、すっと真面目なものに変わる。


「僕は僕のしたことの落とし前をつける。だから二人にお願いがあるんだ」

今度は何を言い出す気なのかとスピカとカノープスは半分白い目で博士のホログラムを見つめる。


 が、次に博士が口にしたのは二人が予想もしなかった言葉だった。


「僕のことは忘れて、二人は地下で穏やかに暮らして欲しい」


「「はっ?」」

思わず二人の口から抗議の声があがる。


 でも、そんな二人の声が届くわけもなく、ホログラムの博士は真剣な顔のまま言葉を続ける。

「もう一つ、二人に秘密にしていたことがあるんだ。君たちのようなアンドロイドやドローンをはじめ、今、地下で使われている機械って、必ず所有者を設定しないといけないことになっているのは、知っているよね?」


「おい、ちょっと待てよ。まさか、嘘だろ」

後に続く言葉を察したカノープスが驚きの声を上げる。


 現在、地下では多くの機械が使用されている。

徐々に数を増やしつつある人間の生活区域を広げるための採掘ロボットはもちろんのこと、日常生活を補助するアンドロイドや管理局の監視ドローン。


 町を歩けば色々な機械を目にすることがあるが、それらは全て誰かしらの管理下にあることが必須で、所有者が登録されていた。

もちろん、スピカとカノープスの所有者は博士……のはずなのだが。


「君たちには自分の意思で所有者の設定と解除ができる機能をつけてある。所有者を設定しないことも可能だ。もちろん今は所有者の設定はしていない。君たちは自由だ」


「そんなことできるはずがないでしょう!」

博士の言葉にスピカが驚きの声を上げる。


 所有者を自分で選べる機械なんてきいたこともない。

第一、所有者が設定されていない機械なんて、管理局が見逃すはずはない。


「あっ、そんなの無理とか思ってるでしょ? 僕を誰だと思っているの? 美貌の天才博士だよ!」

「冗談言ってる場合かよ!」


 カノープスのツッコミを無視して、博士の言葉は続く。


「修理屋を続けてもらってもいいし、他にしたいことができたらそれをしてもいい。作業場と道具を処分すればそれなりの元手にはなるはずだよ」


「何、勝手なこと言ってるんだよ!」

カノープスの声も、スピカの怒りの表情もホログラムの博士には届かない。


「言ったでしょ? 君たちのいるこの世界こそ楽園だって。僕は僕の楽園を必ず守って見せるから。だから、君たちにはずっと幸せでいて欲しいんだ」


「今までありがとう。騙していてごめん。どうか幸せに」

その言葉を最後にホログラムがプツリと消えた。


「……誰が、誰がそんなことを頼みましたか!」


 ホログラムの博士が消えた空間にスピカが叫ぶが、その言葉に返事をする者はなかった。

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