5_残されたのは短銃と黒縁眼鏡

「修理、しましょう」

博士が出て行ってからどのくらいの時間がたったのだろう、スピカがぽつりと呟いた。


「おう、ありがと」

カノープスの答えにうなずくと、スピカはカノープスを抱き上げて、そっと作業台に置く。


 管理局が荒らしていった作業場を歩き回り、修理に必要な道具と部品だけをとりあえず拾い集める。

転がった椅子を元の位置に戻し、スピカは作業台に腰かけるとカノープスの修理を始めた。


「大丈夫か?」

無言で修理をするスピカにカノープスが声を掛ける。


「何を言っているんですか? 壊れたのはあなたの方です」

修理の手を止めずに答えたスピカの言葉にカノープスも黙り込む。


「……終わりました。……すみません。嫌な言い方をしました」

しばらくして修理を終えたスピカがカノープスに頭を下げる。


「いや、ありがとよ」

そう言うと右羽根の調子を確かめるように羽根を震わせたカノープスが、すっと音もなく飛び上がる。


「うん。いい感じだ。問題ない」


「……私たちは何も知らなかったんですね。あんなにたくさん話したのに」

頭上をくるくると飛ぶカノープスを見つめながらスピカが呟く。


「だな。うるせぇくらいおしゃべりだったくせに大切なことはなんにもだもんな」

腹立つよな、とカノープスも呟く。


「そうです。余計なことばかり、いつもダラダラと。こちらがいくら真面目な話をしても、いつもふざけてばかりで」

スピカが手元の修理道具に目を落とす。


「仕事したって、いつも報酬をちゃんともらわないし。食べないと死ぬのは博士なのに」

「博士が死んだら困るよな」


「医者の真似事もいくら言ってもやめないし。管理局に目をつけられたら困るのは博士なんです」

「俺たちだって困るしな」


「自転車の修理だってどうするんですか? 納期は今日ですよ」

「そうだな」


「食事も、掃除も、洗濯も、家計のやりくりも、全部私に任せっきりで。私がどれだけ苦労してきたか」

「そうだな。スピカはよくやっているよ」


 ダンッ

スピカが作業台を叩いて、おもむろに立ち上がる。


「なのに、あれはなんですか! 何が、ありがとう、ですか! 何が、君たちのいるこの世界こそ楽園、ですか! 勝手に一人で納得して! 意味が分かりません! こちとら言いたいことが山ほどあるんです!」

「そうだな」


「私たちは博士の名前すら知りませんでした!」

「あぁ、そうだ」


「私たちには博士に文句を言う権利がある!」

「絶対にある」


 スピカはキッと顔を上げカノープスを見つめる。


「行きましょう! 博士に文句を言いに!」

「おう! そうしよう!」


 と、意気込んだものの、あまりの情報の少なさに散らかった作業場で二人は頭を抱えた。


「わかることはカーネリアンって名前と、楽園府のおそらくお偉いさんだろうってことだけか」

「そして、連れ去られた先はおそらく楽園でしょうね」


 続くスピカの言葉に二人は項垂れる。


 楽園に行く方法は三つだけ。

例外はない。


 でも、その三つの方法で行けるのは人間だけだ。

そもそも機械のスピカとカノープスは対象外。


 正攻法では楽園に入ることすらできない。

だからといってしがない地下の修理屋の機械に裏で楽園に入る方法なんてあるわけもない。


「とりあえず、博士の部屋を探してみましょう。もしかしたら博士が何か残しているかも」

「だな」


 作業場をでて二人が向かった先は博士の部屋。

といっても、寝るだけの部屋なので、置いてあるのはベッドと古ぼけたサイドテーブルだけだ。


「こんなところに隠していたんですか」


 ベッドマットが不自然にずれているのを見て、スピカが呟く。

博士が着ていた純白のカソックはおそらくここに隠してあったのだろう。


「ベッドマットの下って、思春期の男子かよ。よくぺったんこにならなかったな」

カノープスが呆れたように呟く。


「博士は思春期というには年齢的に遅すぎますし、そもそも女性です。……やっぱり何もないですね」

ベッドマットをひっくり返して探していたたスピカが諦めたように首を振る。


「博士、緊急事態です。失礼しますね」

そこにはいない博士に一言断りを入れると、スピカはサイドテーブルに一つだけついている小さな引き出しを開ける。


「おいおい……」

中にあった物を見てカノープスが声を上げる。


 そこにはジャスパーが持っていた物によく似た短銃が置かれていた。


「随分古ぼけていますが……」

引き出しから短銃を取り出すと、スピカが徐に壁に向かって構える。


 パシュッ

放たれた白い閃光が博士の部屋の壁をえぐる。


「使えるんですね」

「おい! そういうことは一言断ってからやれよ!」


 えぐられた壁に近寄り、その痕をまじまじと眺めるスピカにカノープスが文句を言う。


「すみません。……でも、こんなものまで持っているなんて。本当に博士は『仮称楽園計画』の人間だったんですね」

「でも随分古ぼけているぜ。博士もそこに放り込んで忘れちまってたんだろうよ」


 壁を見つめたまま呟くスピカにカノープスが声を掛ける。


「眼鏡も伊達だったんですね」


 短銃以外は何も入っていない引き出しをそっと閉じ、サイドテーブルの上に短銃を置くと、代わりにそこ置かれていた黒縁眼鏡を手にとる。

そして、スピカは何気なくレンズを覗き込んだ。


「えっ?」

「どうした? って、えっ? なんだこれ?」


 その瞬間、眼鏡からプロジェクターのように光がでて、ベッドの上に博士のホログラムが立ち上がる。


「「博士?」」


「やあ、こんにちは。眼鏡にこんな仕掛けがあるなんて驚いた? あっ、スピカ、そこにカノープスもいるよね? いないなら早く呼んできてね」

「どういうことですか? なぜ私がいるとわかるんです?」


 突然のことにスピカから驚きの声が零れ落ちる。


「あっ、なんで私だとわかるんですか? とか思ってるでしょ? その眼鏡はスピカが覗き込んだ時にしか起動しないように設定してあるの。カノープスと一緒にいるときにしか起動しないように改良中なんだけど、今見てるってことは間に合わなかったかぁ。残念」

ホログラムの博士が悔しそうな顔を浮かべる。


「さて、カノープスも呼んでくれたよね? じゃあ、始めますか。 角度、大丈夫だよね?」


 そう言うと博士が椅子に腰かける。

その椅子はさっきまでスピカが座っていた作業場のそれで、ホログラムが撮影された場所が作業場であることがうかがえた。


「二人がこれを見ているってことは、僕がここを去った後ってことだよね。きっとあいつらは事情を説明する時間なんてくれないだろうから、これを残しています。……まずは驚かせてごめん。怪我とかはさせてないよね?」

したよ、と、ホログラムの博士にカノープスがツッコミを入れる。


「これを見ている二人が何をどこまで知っているのかわからないから、初めから話します」

そう前置きしてホログラムの博士は椅子に座り直し、姿勢を正し話始めた。


 それはスピカとカノープスが想像もしなかった話だった。

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