第58話 バトロワ2 大災害1

 バトロワの飛行船は、実はダンジョン外で搭乗するのが基本だ。


 だから俺たちはみんな、背中にパラシュートを背負って乗り込んでいく。100人ともなれば一つの飛行船では足りず、五つくらいの飛行船がダンジョンのランダムな場所からバラけて出発するというのが通例だ。


 その都合もあって、敵パーティだとしても同じタイミングで入場すると、席順が近くなる。すぐに殺し合うことになるが、この場で談笑する人間は多い。


 当然の話だが、参加者がバトロワはバトロワ、現実は現実と明確に区別しているのが大きいだろう。こういう事を考えると、実に死は虚構化しているなと現代を思う。


 つまり、だ。


「いやー、やっぱこういうところはいいね! みんな死が当たり前だと思ってるこのびりびりしてる感じ☆」


「ああ。やっぱこういうところだとこう、腹が据わるんだよな。外はちょっと過敏っつーかさ」


「分かるぅうう~!」


 俺とミルキィちゃんはワイワイと話していた。それを他の参加者が微笑ましげに笑ったり、うんうん頷いたりしている。ねむとスペさんはちょっと引いていた。何故。


 飛行船に搭乗して、俺たち2チームは横並びに座らされていた。薄暗い飛行船の中は、まるで遊園地のアトラクションのようにソワソワとした空気が満ちている。


「いやー、今日は何だかワクワクしますね。まさか大魔法使いさんと戦えるなんて」


 すっと会話に混ざってきたのは他の参加者だ。名も知らぬプレイヤーだが、逆境を楽しむ精神性は、流石ハイグレードバトロワの参加者と言う感じがする。


「ボクの大災害に耐えられるかなぁ? いつも通り開幕ぶっぱするから、みんなちゃんと生き残ってね~☆」


 ミルキィちゃんの煽りに、一同爆笑だ。異様なのが、この中の一人も『死ぬわけがないだろ』という侮りを抱えていないこと。『マジでそうなりそうで怖ぇ~笑』という感情で、みんな爆笑している。


 ああ、ヤバい。ヤバいなハイグレードバトロワ。チラッと見ただけでも、準最強級がぞろぞろいる。前回とは比じゃないぞこれ。ゾクゾクしてきた。


「……これが無差別級のトップハイグレードですか。全員頭おかしい……」


「私の役目は、近寄ってくる敵の遊撃。および、ミルキィちゃんが魔法を撃つための一瞬を用意すること……」


 そして実力の割に覚悟完了してない俺の相方ことねむと、ミルキィちゃんの相方ことスペさんが、それぞれブツブツ言っている。


 ねむは感性が一般人寄りで、スペさんは自己洗脳してるみたいだ。


「やー、でも前半はともかく、後半戦はどうなるかなぁ? ボク、最終収縮でコメくん相手となると、どうすればいいか思いつかないよ」


 うーん、と悩むミルキィちゃんに、「お? コメ、というと、あなたコメオさんですか」と向かいに座る人が俺に声をかけてくる。


「俺のこと知ってるんですか」


「RDA界隈にも片足突っ込んでるので。っていうか、そうかマジかぁ~。コメオが敵かぁ……あ、すいません視聴者のつもりで呼び捨てしちゃいました」


「ハハハ。いいですよ別に気にしないんで。っていうかミルキィちゃんが敵なのは良いのに俺は嫌なんですか?」


 笑いながら聞くと、「いやそりゃそうでしょ」とその人は半分笑い半分苦い顔。


「コメオ、最近二つ名がついたじゃん。『死神』ってやつ。割とミルキィちゃん以上に絶望感あるぞ?」


「え、何それカッコよ」と俺。


「え!? 『誰よりも死んだ死神』いんの!? うっわ今回のマッチヤバすぎ。アガるわ~!」


 ちょっと離れた対角線に座るチャラ男が、カラカラと笑って俺を見た。俺思ったより知られてんな。


 と、そんな風に周囲と戯れていると、飛行船が進み始めた。差し込んだ光はダンジョンのそれ。飛行船は、上空より飛び立つ。


 眼下には、何ともサイバーパンクな都市が広がっていた。光り輝くネオンサイン。夜めいて明るい眠らない町。だがそこは無人の空間。まるで都市一つから一瞬にして人間が蒸発してしまったかのようなゴーストタウンだ。


「おお~! なんて豪勢な。壊し甲斐があるね☆」


 都市の上空を飛びながら、ミルキィちゃんはそう言った。俺はくつくつ笑って、「んじゃ先に行くぜ。また後で会おうなミルキィちゃん」とご挨拶。


「うん、最終収縮とかで会えることを楽しみにしてるよ☆ あ、あと一つ助言というか、サービス」


 シートベルトを外して立ち上がり、ついでにねむを立ち上がらせる俺に、ミルキィちゃんは言った。


「さっき言った通り、ボク、開幕ぶっぱ……というか無限にぶっぱするから、気を付けてね☆」


「はは! ああ、気をつけるし、楽しみにしてるよ」


 行こうぜ、と俺の誘いに「あたしが誘ったこととは言え、始まってしまう~……」とねむが半泣きで立ち上がった。周囲の空気に当てられて覚醒状態らしい。まぁここで眠るのは無理か。


「さ、行こうぜ」


 俺はねむの手をつないで、軽い歩調で飛行船から飛び降りた。このタイミングはいつだってテンションが上がる。


「ひゃっふぅうううう! バトロワの時間だぁぁあああああああ!」


「大学部門に戻りたぁあ~~~~~~い!」


 それぞれに思いの丈を叫びながら降下、ARディスプレイでマップにピンを立てて、ダンジョンの端に降りていく。


 そして上空数十メートルくらいでパラシュートを広げて、ふんわりと降下を終えた。空気に溶けていくパラシュートを脱ぎ捨て、少し離れた場所のねむに「被りなし! とりま漁るぞ!」と呼びかける。


「あいさー」


 散会。俺は近くのプレハブ小屋から雑な鉈とかちんまい拳銃を拾いながら、周囲を警戒する。


 外に出て飛行船を見上げると、中央のあたりを少し過ぎたところだった。


 俺はミルキィちゃんのバトロワ配信も見たことがあるので、彼女の常套手段も知っている。彼女はいつもマップの中央に降りて、そして開幕ぶっぱするのだ。


 それは夜空を裂くような花火の軌跡のようで。そう、まさに俺が今目の当たりにしているような―――


「は?」


 あ、やっべ気を抜き過ぎてた。


 俺は、遠くに上がっていく花火のような軌跡を見つめた。動画でも見たことのあるそれ。地獄の幕開け。


 その花火のような光は、花火のような爆発音と共に、上空に大きく散らばった。それは十数個の破片のように広がって、または爆発して散らばった。


 それが、何度も。夜空はいつしか、その光にまんべんなく覆われていて、無数の照明に照らされているかのようだった。街はまるで昼間のように明るい。「白夜」と俺は思わず呟く。


「コメオ先輩!」


 焦ったように、ねむが向こうから走ってきた。その表情は、必死そのものだ。


! 建物に隠れるのはダメです! 全部パリィで弾いてください!」


「はぁ!?」


 俺が叫ぶのと同時、は降ってきた。一つはちょっと強めのファイアボールのようなもの。だが、それが無数に、絨毯爆撃もかくやというほどに降ってきたなら?


 そして俺は理解するのだ。画面の向こうで行われていたえげつない攻撃が、いざ自分に向かってきたとき、人間は余裕を失うのだと。


 それは、火の雨だった。


「スキルセット、パリィ」


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 俺は降ってきた一つの火の雨をブレパリで弾いた。それ単体はいとも容易く砕けて飛び散った。だが、火の雨はたった一つではない。


 俺は、さらに予約した。


「予約複製、100」


 パリィが100回連続予約される。ねむは着ていたアーマーを一つ砕きながら、俺の足元に滑り込んで抱き着いてくる。


 そこからが、本降りだった。


 俺は無心で火の雨を弾き続けた。息継ぎもろくにできない中でずっと詠唱とパリィの動きを続けた。


 火の雨を弾く。弾く。弾く。息が吸えない。呼吸する暇もない。だがそれでも吸え。息継ぎをしろ。空気がなければ詠唱は出来ない。呼吸ができなければパリィする前に酸欠だ。


 吸え! 吸え!! 吸え!!!!


「―――――ッハァ!」


 吸った! 俺は蘇る。パリィを続ける。弾ききれなかった火の雨が足元に落ちて飛び散る。その火の粉が俺に飛んでくる。だが俺は無事だった。気付けばねむは俺にベルト型のアーマーを着せていた。


 アーマーが砕ける。ねむがアーマーの回復を行ってくれる。だから俺は集中して、パリィを続けた。


 それが、どれほどの時間だっただろうか。100回連続予約でも足りなくて、200、300と予約をして、やっと俺たちは死なずにそこに立っていた。


「かっ、くぁ……」


 俺はとうとう疲労困憊で倒れ込んだ。「コメオ先輩! 飲んでください!」とバトロワの回復薬を飲まされる。バトロワで武器同様落ちている、肉体的な損傷を即時にある程度直しつつ、鎮痛してくれるクスリだ。


 俺は口に含みながら概念抽出魔法の詠唱をし、終わったタイミングで飲み下した。


【回復】


 概念抽出魔法によって抽出された回復の概念は、俺の身体を全快させた。「ぷはぁ!」と俺は息を吹き返し、そして周囲を見て愕然とした。


「……は?」


 そこには、もはや都市など残っていなかった。焦土。鉄製の摩天楼はすべてその雨によって溶け落ち、眠らない町は崩れたビルに埋め尽くされた廃墟と化していた。


「は、はは、ハハハ……」


 俺は乾いた笑いを漏らすしかない。何だこれは。こんなことあっていいのか。


「……ようやく、生き残れました。長かった……!」


 ねむは安堵感のあまり、俺にギュッと抱き着いてきた。そこにあった俺とねむの温度差に、俺は「な、なぁ、ねむ……」と呼びかける。


「ここまでで、何回悪夢から覚めた?」


「……108回です」


「そっか……」


 俺は凍り付く。右上のキルログを見て、さらにゾッとした。


……

『Milky-chang』→『■■■■■■■■■』

『Milky-chang』→『■■■■■■■■■』

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……


「ねむ」


 俺は相棒の名を呼ぶ。ねむは震える声で俺に応える。


「……なんですか、コメオ先輩」


「俺さ、七芒星ヘプタグラム、舐めてたわ」


「奇遇ですね……。あたしも、舐めてました……」


 俺に抱き着きながらぶるぶる震えるねむの背中を、あやすようにとんとん叩く。


 これが、Dさんに並ぶ最速のRDAプレイヤー。バトロワ無差別級の覇者、七芒星ヘプタグラム。大魔法使い。魔女っ子ミルキィちゃん。


 俺たちが殺すべき、敵だった。

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