第59話 バトロワ2 大災害2
例えば無数にランダムな召喚獣を呼び出す『百連ガチャ』という
他にも、独自ルールの元に時間魔法を強化して時を止める『定時の人』との戦いは、「ルールすら知らないゲームで上級者と戦わされるようなもの」など。それぞれ一人一人が絶望的な戦いであるという話が、スレ民の口から思い思いに語られた。
そんな中で、一人だけ可愛い外見と裏腹に格好いい扱いをされることに定評がある大魔法使いミルキィちゃんとの戦いは、このように評されていた。
『まるで、大災害と戦っているような気分だった』と――――
いや、話には知ってたけど大災害どころじゃねーぞこれ、と俺は廃墟の中で眉をしかめていた。
外は雨が降っている。ダンジョンで自然に降ったものではない。先ほどの火の雨よろしく、ミルキィちゃんが降らせたものだ。
そしてもっと言うのであれば、雨ですらなかった。
「……範囲縮小、そろそろだな」
「そうですねぇ……」
俺はその辺の転がっている適当な鉄パイプを手に取り、雨にさらした。すると雨に当たったところから、ジュゥウ、と音を立てて穴が開き、最後には溶け落ちへし折れた。
濃硫酸か何かの雨、という事らしい。そのせいで、この廃墟の下から出ていくこともかなわない。
「はー……。ちょっと予想以上だったな。ここまで大規模だとは思わなかった。どうすっかね」
「『とりあえず突っ込んでみっか』はもうやめてくださいね。死ぬだけなので」
「悪夢からお目ざめ?」
「あたし先輩の死への理性の無さも舐めてましたってなりましたよホント」
どうやらタイムリープ前の俺は『とりあえず突っ込んでみっか』といって硫酸の雨に突っ込んだらしい。そして死んだのを目の当たりにして、ねむは悪夢から目覚めてきた、と。
……俺ならにっちもさっちもいかなくなったらするな、確かに。でもいいな。俺の理性の無さが、結果として情報として返ってくる。便利だ。
しかし、それならさてどうしよう、という話になってくる。硫酸の雨は、ねむのことを信じるなら、飛び込めば死ぬような過酷な環境だ。
そして、それを通過しなければ、次の範囲内に移動することが出来ない。……割と詰みに近い感じあるが。
「まぁ、一貫して二択だな」
俺は軽く思案して、結論付けた。ねむは目をパッと見開いて「策があるんですか」と聞いてくる。
「策って程のもんじゃないが、ミルキィちゃんがどういう魔法をどういう運用で使ってるか、ってのは想像がつくだろ? で、二択ってのは、つまり『正面から魔法を食い破るか』『その裏を掻くか』って話になってくるわけだ」
「……と、言いますと」
俺は言う。
「今回の硫酸の雨は、正面から食い破ろうとして突っ込むと死ぬのが分かってる。だから、こっちの選択肢はもうなしだ。残る一択に頼ることにしよう。つまり、裏を掻く、ということになる」
「裏って何ですか?」
「範囲縮小に飲まれて、いてー思いしながら硫酸の雨が止むのを待って移動」
「ハッ!?」
ねむは目を剥く。それから、「い、いやいやいや!」と縋り付いてくる。
「硫酸の雨も範囲縮小もそんなに変わんないじゃないですか! そもそも硫酸の雨もやむかどうか分からないですし!」
「いや、止むよ。止まないならいまだに火の雨が降ってる。多分ミルキィちゃんは、一定時間ごとに環境を塗り替えるような大魔法を、交代させていくような運用をしてるはずだ」
「……どういうことですか?」
「ミルキィちゃんは大魔法使いだけど、大魔法をすべて同時に使う訳じゃないってこと」
俺は人差し指をピンと立てて解説タイム。
「火の雨をアレだけ降らせて死なないなら、そいつはもう『火の雨じゃ死なない奴』ってことだ。そいつに火の雨を降らせるのは魔力と時間の無駄だろ? でも、違う魔法なら死ぬかもしれない。火の雨と濃硫酸同時に降らせるわけにはいかないしな」
「……」
ねむは考え込むように俯き、それから「なるほど、何となくわかりました」という。
「要するに、あたしたちが、硫酸の雨を耐え抜いたように見せかけるっていうことですね。そうやって範囲外で耐えて、止んだタイミングで移動する、と」
「そうだ。幸い範囲縮小は、最初はダメージも少ない。薬もここまででボチボチ拾ってるし、耐えられないほどじゃないだろ」
「過酷ぅ~……。初期段階の範囲外でもけっこう辛いんですからね」
「知ってるよ」
割と吐くか否か、みたいなえぐさがある。死なないのだが、遅効性の弱い毒を浴びせられる感じ。
そんな訳で、俺たちはマップを確認しながら生存範囲が狭まっていくのを確認していた。そろそろ飲まれるな、というタイミングで「そういえば」とねむが質問してくる。
「さっき、一貫して二択、って言ってましたよね。一貫して、って何ですか?」
「ん? ああ、大した意味じゃないよ。硫酸の雨に限らず、ミルキィちゃんの魔法に対するやり方はこのどっちかになる、って話」
「……えっと?」
「その意味じゃあ、硫酸の雨が先に出てきて助かった。最後の範囲外だったら硫酸の雨以上にきつかっただろうからな。そしたら正真正銘の詰みだ」
恐らく、火の雨、硫酸の雨で防御力が高い奴以外生き残らない、という流れを想定しているのだろう。火の雨は一つ一つならただのファイアボールだし、硫酸の雨だって硬い装甲でも持っていれば何とかなる。
とすると次に来そうなのは、防御力がどれだけ高くても意味をなさない、という魔法だろう。だが、そういうのは俺の得意分野だ。ここさえ破れば、ある程度は楽になるだろう。俺が弱いのって必中でほどほどの攻撃なんだよな。パリィ出来ない奴。
俺がそんな説明をすると、ねむは非常に渋い表情をしたものの、ぎこちない動きで頷いた。
「分かり、ました。ここまできて今更うるさいことは言いません。あたしは、あたしの役目を果たします」
「はは。ねむも覚悟決まってきたな。いい目してる」
来た、と俺は呟いた。すると真っ赤な透明の壁が、俺たちを通過していく。直後襲い掛かってくる極度の倦怠感と吐き気。俺はそれに、腹に力を入れて概念抽出魔法を唱える。
【我慢】
概念抽出魔法で俺は吐き気や倦怠感が遠のいていくのを感じた。痛みや苦しみを意図的に無視できる俺としても、ある程度動きが鈍るのは体の構造上避けられない。【我慢】はそれを避けさせてくれる、ちょっとしたサポートだ。
俺はゆっくり倒れて動けなくなるねむを背負った。ぐったりとした彼女は普通に背負うより少し重いが、この程度なら軽いもの。
「じゃあ俺、雨がやみ次第移動するから、なるべくちゃんとしがみついててくれよ」
苦しそうに喘ぐねむは、辛うじて俺の首に回した腕に力を込めた。俺は静かに耐え、適度に薬を飲んだり飲ませたりして耐え、そして雨やみと同時に駆け出した。
ぐったりしたねむを背負って走っていると、様々なことが分かった。
サイバーパンク然としたダンジョン全域が、総じて廃墟と化していること。火の雨で死んだ面々が多いのはもちろん、それで屋根を失って硫酸の雨の中息絶えた者も多いという事。そしてそれでもなお俺たち同様生き残ってるものも、チラホラ隠れているという事。
第一収縮を乗り越えて次の生存範囲に移動を終えた俺は、まず現界に近かったねむに薬を飲ませながら、概念抽出魔法を唱えた。
【回復】
全身を一気に健全な状態に戻されたねむは、跳ねるように起き上がり、そして盛大にむせた。かくいう俺も限界に近かったので、薬を飲んで【回復】。
これで、ここまでで抱えた薬はすべて消費してしまったことになる。可能な限り節約を重ねたつもりだったが、余りを確保することは出来なかった。
「物資は確保し直しだな。ねむ、大丈夫か?」
「ごほっ! は、ごほっ、はい……。だ、大丈夫です。はー……生き残ってしまった」
「何だよ、不満か?」
「嫌な思いは悪夢にした方が後を引かないんですよ。うまく行ってしまったので、悪夢にはできませんけど」
唇を尖らせて言うねむに、俺は肩を竦める。そうか、悪夢の魔法って死んだときとは違って精神的なダメージもないのか。マジで便利だな。
「それで、次はどうするんです? 大魔法使いさんの魔法は、今のところ来ていないみたいですが」
「そうだなぁ……。周囲にミルキィちゃん以外の敵もいないみたいだしな。ボチボチ物資を拾いつつ、次の範囲に移動していく、くらいしかできることはなさそう、だ、が……」
「? コメオ先輩?」
俺は、口端を引きつらせる。視界の端に、空を飛びまわる影。俺はねむの手を強く引き、必死に息をひそめた。
だが、遅かったらしい。
「今何かが動いた! 居たね! 見つけたよ☆」
ねむが息をのむ。だが、ここまで来たら隠れることに意味はないだろう。俺はねむの手を握ったまま、連れる形で物陰から姿を現す。
「コメオ先輩っ!?」
「良いんだよ。もうどうしようもない。なら、今優先すべきは情報だ」
絶望を目の当たりにしよう。俺が言うと、ねむは唇を食いしばってついてくる。
「お、コメくんだ。やっほー☆」
ミルキィちゃんは洒落た形状の杖を魔女の箒代わりに腰かけて、空を飛んでいた。空中を高速で飛び回る敵を銃でどうにかする、というのは困難だ。そして地上を普通に移動する敵を上空から打ち下ろすのは、容易い。
「や、ミルキィちゃん。見つかっちまったようだな」
「うん、見付けちゃった☆ でも、意外だね。コメくんなら、勝算がない限り出てこないものと思ったけど。それとも死ぬ覚悟、完了しちゃった?」
「勝算? 要らねぇよそんなん。いつだって俺は勝つんだからな」
「あはは☆ 強がりばっかり。でも、最後のその瞬間までイキる姿勢は配信者としては大事だよ。勝つにしても、負けるにしてもね」
先輩配信者でもあるミルキィちゃんは、悪戯っぽくクスクス笑う。そして見下ろしてきた。
「じゃ、そうだね。最強の中の最強に最も近いとRDA配信者の中でももっぱらの噂な君に、このボクが、相性最悪の最強同士の戦いがいかにひどいものかを教えてあげよう」
ミルキィちゃんは言って、腰かける大きな杖を掴んで急上昇した。その姿は瞬く間に小さくなっていき、米粒もかくやというほどになる。
だが、そんな小さな彼女から展開されたいくつもの魔法陣は、あまりに巨大だった。空をキャンバスにしたかのような、精緻で広大な魔法陣。俺はそれを見ながら、「なるほどね、えげつねぇ仕組み構築してるわ」と呟く。
「空より降るは小さな星、地球と惹かれ合うそれは引力という名の恋模様」
ふざけた詠唱が、朗々と響き渡る。この距離なら聞こえないはずだが、これも何かで聞かせているのだろう。俺はそれをして、「何だよ。しっかり幻想魔法使ってやがる」と睨んだ。
「きらめく軌跡は恋の輝き、放つ衝撃は胸の鼓動、その熱は愛ゆえのもの」
俺はもう何も言わない。ねむの震える手を、ただ握る。
「来たれ愛のときめき」
魔法陣が回転する。その中に、それは召喚される。
「ラブリー♡メテオ」
そして魔法陣を通過して、
俺たちへと、隕石が落ちてきた。
「―――――ッ」
ねむはその恐怖と圧に、腰砕けになって崩れ落ちた。だがそれでも、俺たちは手を離さなかった。俺は反対の手でソードブレイカーを握る。だが、隕石の落下地点は俺たちへの直撃ではなかった。
隕石が地表に到達する。同時、俺たちはぐちゃぐちゃに吹き飛ばされ、肉を溶かされ、一瞬の内に蒸発して死んだ。
悪夢が明ける。悪夢が始まる。
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