第57話 バトロワ2 ねむと再会、そして邂逅
会場に赴くと、思ったより賑わっている様子だった。
その大半が、入場料を支払って観戦席へと向かっている。俺は今回の参加資格保持者なので、前回の飛び入りと違って支出はナシだ。前回95人殺しておいてよかった。
「この賑わいは、やっぱ
とそこで、「あ! コメオ先ぱーい」とふにゃふにゃした発音で俺を呼ぶ声が聞こえた。見ると、頭にサングラスよろしくアイマスクをつけたねむが、スローペースで走り寄ってくる。
「お、ねむ。やっほやっほ」
「いやー、何かコメオ先輩とこうして仲間として一緒にいると思うと、何だか心強いですねぇ」
でへへ、とゆるふわなポニーテールを揺らしながら、ねむは照れるように髪を掻き上げた。可愛い後輩である。今までサークル、基本後輩は俺のアンチとかいう針の筵だったからなぁ。
だが、そんな状況でも、気に入らないという顔をする者はいる。
「そなた、前に会ったな」
「あ、こんにちはお母さまぁ。今日もべったりですね」
母親と分かってからギンコをほとんど気にしなくなったねむは、さらりとギンコの一睨みを受け流す。それに低く唸るギンコだ。外見相応のやり取りに見えるのが難儀なところ。
俺はあんまりこの二人に会話させない方がよさそうだ、と適当に話を振る。
「何か前よりもふにゃふにゃしてんな。眠そう」
「いやぁもう眠いですよ~。常に眠いのがあたしなので。今日も悪夢の魔法が発動するまでは半分寝たままコメオ先輩について行く所存」
「ハハ。はっきりしてんな」
「魔法にしか自信がにゃいものでございますれば」
とろんとした瞳で、ふにゃふにゃした応答をするねむに、俺は何となく勘づく。つまりは、これがねむの素であると。以前のキリリとしたねむは極限状態ゆえのものであると。
一方ギンコは首を傾げている。
「……こやつ、こんな感じだったか?」
「前あった時はほら、俺が57回ねむのこと殺した後だったから……」
「ああ、それはいつも通りではいられぬな」
これが、こやつの素、という事なのじゃな。とギンコはためつすがめつ、ねむを眺める。ねむはそんな事どうでもいいとばかり、ぷかぷかとあくびをしている。
俺としては、本当に話に聞いていた通りだったのだな、というところ。
本人とのメッセで色々とやり取りはしていたが、まさか『何もない日は一日で一度も目覚めない』『用事がある日はその用事以外寝ている』というのが真実だとは思うまい。
「すぴー」
寝てるし。
「……コメオ、ここでこやつ置いて帰らぬか?」
「いや、スー……多分バトロワ始まって何か問題起きたらパチッとするから」
「問題なぞ起きるか? コメオ相手にまともに太刀打ちできるものも、そうはいまい」
「いやいや、それは買い被り過ぎだって。ちゃんといるっての」
というかそういう敵が居る、という前情報でここに来たのだ。いなきゃ困る。
「ねむ。それで、今日のマッチに出てくる
俺はワクワクしながら話題を持ち掛ける。「んぇ……」とねむは目覚めて、「ああ、そうですねぇ~……」と人差し指を立てる。立てた人差し指もふわふわしてる。
そこで、会場が一気に沸き立った。三人そろってそちらを見ると、その原因に気付く。
「やっほーみんな☆ 魔女っ子ミルキィちゃんが来ましたよ~!」
キャピ☆ とばかり愛想を振りまいて現れたのは、俺が昨日ちょうど見ていた人気配信者、ミルキィちゃんだった。動画の通り、滅茶苦茶にデカい魔女帽を揺らしている。
……とうとう来たな、という気持ちになる。口端が自然と引きつりながら持ち上がっているのが分かる。
俺は見つめながら、感動に打ち震えていた。ミルキィちゃんは、今日はデュオルールということで、一人の屈強な男を引き連れて歩いていた。あの人はあの人で有名だ。
『懐刀』スペツナズさん。軍服を着た実力者で、ミルキィちゃんのファン一号だとか。
そんな感じで、二人連れで悠々歩く大魔法使いミルキィちゃんと懐刀スペツナズさん。そこにかかる応援の声も様々だ。
「応援してます! 大魔法使いさん!」「大魔法使いさんなら王者も一瞬ですよ!」「大魔法使いさんのぶっぱ楽しみにしてます!」「スペさんも大魔法使いさんを支えてあげてください!」
「うん、ありがと~。ところでボクのこと、ちゃんとミルキィちゃんって呼んでくれるファンの人はいないのかな? サービスしちゃうよ?」
「大魔法使いさん!」「大魔法使いさん!」
「居ないみたいだね☆ 何でかな~?」
そんでもっていつも通りの扱いされてて笑う。声は朗らかだが表情はちょっと悲しそうだ。おもれ~。流石の面白さ。
そんな風に周囲に手を振り振り歩くミルキィちゃんを遠巻きに眺めていると、ミルキィちゃんはこちらを見て「ん?」と首を傾げた。それから、さらに俺を見て、「んん!?」と驚きの声を上げる。
「え、何だ? うお、ミルキィちゃんこっちくるぞ」
「な、何じゃ。コメオ何かしたか」
「はりゃ?」
俺とギンコが戸惑い、ねむは適当に合わせてよく分からんという反応を示す。
ミルキィちゃんはツカツカと俺たちの方に近寄ってきて、俺を凝視してきた。え、俺か。何だ。何か粗相でもしたか。
「えっ、と。あの……?」
俺の困惑気味の問いに、ミルキィちゃんはじっと俺を見つめている。その様子はしかし、見とがめるというよりも、緊張のそれ。
あれ?
「あっ、あの! ……コズミックメンタル男さん、ですか?」
ミルキィちゃんの質問に、俺は「え」と声を漏らす。
「俺のこと、知ってるんですか? ミルキィちゃん、さん」
「―――ッ! はい! いやもちろん! ファンですし! フトダンの世界レコードから追っかけてます! 八尺様も熱かったです!」
マジかよ。
「っていうか、ボクのことご存じなんですか?」とミルキィちゃん。
「そりゃもちろん! RDAプレイヤーの先輩としても尊敬してますし、バトロワでも
「わー! すごいすごい! ボクも有名になったもんだなぁ。あ、えと。コメオさんって呼んでも?」
「いやもう全然! むしろさん付けも要らないですよ」
「やった! じゃあボクもミルキィちゃんって呼んで☆ あとあと! サイン、貰っていいですか?」
「うおお。もちろん! あ、俺もミルキィちゃんの欲しい」
「いいよ☆ わーすごい。サインを名刺みたいに交換する日が来るなんて!」
「俺も感動だ……!」
何かお互い照れながら、スペツナズさんにそっと差し出された色紙にサインを書いて贈呈し合う。やったミルキィちゃんのサインだ! やべーすげー嬉しい。
「わぁああ! コメくんのサインだぁ……☆ スペさん、これ大事に保管しておいて!」
「ああ、承った」
ミルキィちゃんはスペさんにサインを渡す。俺も「んじゃギンコ、これ頼んでいいか?」と渡した。「まったく、世話が焼ける」と言いながらも、ギンコはそれを懐にしまい込む。懐かよ。でもギンコの懐四次元だし問題ないか。
「それでそれで! コメくんもバトロワに出るの?」
「ああ、うん。
「
「いやいや俺のセリフだって。ミルキィちゃんが敵だって知ってたら断ってたまである」
「じゃあ辞退する?」
「まさか」
「だよね☆ ボクも絶対辞退しない」
お互いにニヤと好戦的な笑みを向け合う。ああ、ぞわぞわと背筋に登ってくるこれは何だ。恐怖にも歓喜にも似たそれ。ぶるぶると全身が、武者震いに揺れている。
「おい、大魔法使いさんと話してんの誰だ?」「分からん」「うわ、東飯能95人殺しじゃん」「何それ」「一部隊で他全部隊を皆殺しにした奴」「は……?」
俺のことも知ってる奴は知っているらしく、『俺たちの大魔法使いさんに親しくしてる奴は誰だ』という敵意が、『何かヤベー奴いるこわ』という恐怖に変わっていく。つーか俺の全パキルを事件みたいに言うな。
そんな反応を何となく察して「じゃあ、ひとまずこんなところにしておこっか☆」とミルキィちゃん。
「ボクたちは先に入場してるね! コメくんも、すぐ入ってくれば、飛行船で話せるかも☆」
「なら一緒に入る? あーでもお連れのスペツナズさんにはお邪魔ですか」
「ほう……俺のことも知っていてくれたのか。中々のファンだな。実はコメオくんのことは俺もチェックしていた。俺が気にしないか、ということなら、是非一緒に入場しよう」
軍服のスペさんは、一気に硬かった表情を柔らかく対応してくれる。親切や……。
「スペツナズさん動画通りイケメン……。あ、すまん。ねむのこと置いてけぼりだった。ねむはいいか?」
「いいですよ~。どうせあたし、何かあるまで寝てるんで」
「っていうかその子、何か見たことあるなぁボク……」
ミルキィちゃんの怪しむ顔に、俺はドキッとする。動画などではちゃんと出てきていないが、バトロワの公式映像側では顔が収まっているねむだ。
ねむの『悪夢の退散』は強力にすぎるので、出来れば秘匿しておきたい。何故なら知られると集中砲火を受けるからだ。誰だってそうする。俺はもうした。
ということで、俺たちは早々に入場することになった。ギンコに「じゃあ応援しててくれよ!」と告げ、「まったく……。では行ってこい。ちゃんと勝つのじゃぞ」と送り出される。
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