第35話 チセちゃん2

 着替えたチセちゃんを先導する形で、俺は歩き出した。


「そ、それでその、……鍛えてもらえる、という件は」


「え? ああ、ええ? すごい度胸してんな。叱られたばっかでそういうこと言えるのか」


 あーでも高校生ならそういうこと言うか。俺でも言っただろうな。


「じゃあ一ついいことを教えるけど、お願い事はタイミングを考えて言うべきだぞ」


「え、あ、その……はい」


 俺から窘められて、チセちゃんはしょんぼりしてしまう。素直すぎるのもやりにくいな、と思いつつ、俺は続けた。


「ただ、そうだなぁ……。割と絶好のチャンスというか、面倒だからここで少し教えるのも悪くないか」


「ッ! 本当ですか!?」


「うん。多分適当に歩いてればモンスターの一匹二匹出てくるだろうし」


 言うが早いか、「ギッ!」と声を上げて、草むらの奥からのそのそと出てくる姿があった。小さな緑色の人型。ゴブリン。


 ゴブリンに限らないけど、普通のダンジョンのモンスターって知性とか戦略を練るとかいう概念がないから楽だよな。


 と、俺はチセちゃんにソードブレイカーを渡して、「んじゃちょっとやってみて」とけしかける。


「……えっと?」


「だから、戦ってみ? って。大丈夫大丈夫。死にダンのゴブリンよか全然弱いから。つーか死にダンのゴブリンはまず姿を見せてくれないし」


 あっちはマジで化け物。つーか軍隊。集団で襲われたら俺でもキツイ。


 しかしこっちは楽勝だ。戦い慣れしてない子供を殺せれば殺せる。逆に言えば、戦い慣れしてない子供を殺せなければ殺せないのがゴブリンだ。


 それが出来れば晴れてダンジョン攻略者の仲間入り。それと同時に、いわゆるからちょっと外れる。


 さて、お手並み拝見だ。とばかり俺は一歩引いて眺める体勢に入った。俺はゴブリンなら素手で縊り殺せるので、安全対策はばっちりだ。


 だからどんなにひどい目にあっても「残念才能がなかったな」で済ませる心づもりで居た。


 そんな予想は、外れることになるのだが。


「えっと……じゃあその、よろしくお願いします」


 ぺこっ、とチセちゃんがゴブリンに一礼するのを受けて、アホゴブリンはキョトンとその姿を見つめた。その作り出した隙を、チセちゃんはにっこりとつけ入った。


 ゴブリンの棍棒を握る手を掴んで、「えへ」とふにゃりとした笑みを浮かべながら「少し上げてくださいねー」と言ってひょいと上げてしまう。ゴブリンはこんな対応のされ方は未経験に過ぎたらしく、首をひねりながら言われるがままに上げた。


 その脇に、チセちゃんはソードブレイカーを差し込んだ。


「ギッ、ギィイイイイイイイィィイイ!?」


「あっ、ごめんなさい! 痛いですよねそうですよね! ごめんなさい下手で。なるべく痛くないようにしますから、我慢してじっとしてくださいね……!」


 まるで気弱な看護師さんのような態度だった。チセちゃんは突き入れたソードブレイカーで、流れるように肉の切り分けに入った。


 俺は思わず前のめりになって見つめる。俺は一体何を見ている。


「えっと、肩回りを一周して、腕を取りますね?」


 肉を捌くような小慣れた手つきで、チセちゃんは宣言通りゴブリンの腕を落として見せた。初めにソードブレイカーを肩口に突き刺してから、テコの原理で関節を外し、そこからぐるり、だ。


 骨に刃がぶつかることもなく、すんなり関節を切り分けたのだろう。人体に対する知識が年不相応にあるのだ、と気づく。


「ギィィイ! ギィイイイ……!」


「はい、取れましたよ。持っていてもらえますか?」


 すんなり落とされてしまった自らの腕をチセちゃんに普通のテンションで渡されて、ゴブリンは困惑しながら崩れ落ちた。


 血をまき散らし、錯乱状態のゴブリンは這って逃げようとするが「あっ、ダメですよ。まだ途中なんですから!」とチセちゃんは優しく捕まえる。


「でも、そうですよね。苦しいですよね。じゃあ無力化も済んでますし、手早く行きますね?」


 チセちゃんはゴブリンの首元を伸ばして、「えいっ」とソードブレイカーを差し込んだ。頸動脈。これ以上ないほど的確に差し込まれたそれは、ゴブリンの血を大量に噴出させる。


「ギィイイイイイイイイ!? ギィイイイイイ!」


「ああ、大丈夫ですよ。もう終わりですからね。ほら、ゆっくりと目を閉じてください。大丈夫ですよ~……」


 チセちゃんは語り掛けながら、ゴブリンのまぶたをそっと手で下ろす。その声は、こんな異常を目の当たりにする俺すら少し安堵させる優しい声色で、ゴブリンも悲鳴を上げるのを止めてしまった。


「これで終わりです。お疲れ様でした」


 言って、チセちゃんはソードブレイカーをさらに奥に差し込み、そしてまたもテコを上げるようにグイと押した。首の骨が折れる音がする。即死したのだろう。ゴブリンは流血もまとめて、粒子と消えた。


「……こ、こんな感じで、どうでしょうか」


 すべてが終わった後、チセちゃんはおずおずと聞いてきた。俺は引きつる口端を深呼吸で落ち着かせつつ、彼女にこう言う。


「えっとな……なんて言えばいいのか分からないんだが、ひとまず分かったことを一つずつ言ってくな?」


「は、はい」


「まずチセちゃん。君天才だから、RDAプレイヤーとか、RDAプレイヤーじゃなくても生き死にが存在する業界を目指すといいと思う。まぁでもこれも縁だから、ひとまずRDAでいいだろ。引き続き俺が育てようと思います」


「ふぇっ? あっ、ありがとうございます!」


「うーん、ごめんな。褒めてないんだ実は。んで次。君多分いじめられてないよ。物とか隠されたりした? 嫌がらせを受けたことある? 君が困ってるのを見て笑ってる奴とかっているか?」


「え、……多分、無いです。無視はされますし、徹底的に避けられますけど、嫌がらせは特に……」


「なら、確定。君はイジメられてるんじゃなく、怖がられてる」


 その言葉に、チセちゃんはキョトンとした。それから、柔らかな語調でプンプンと怒り始める。


「え、そ、そんなことないですよ! 私、だって、怖いどころか年下にだってバカにされるくらいで……あ! あります! 嫌がらせされたことあります! 最初の方だけですけど」


「そのとき、何した?」


「え、と。そのときは、トイレに入ってる時水をかけられそうな気配がしたので、さっと出て、バケツ持ってる子の手を掴んで、『ダメだよ?』って優しく諭してあげました」


 カウンターつっよ。JKがそんなことされたら心折れるわ。イジメようとした奴がイジメる前に先手を打ってくるってこったろ? 不気味すぎる。


「実はな、チセちゃん。普通の高校生って気配読めないんだわ」


「えっ! でっ、でも」


「いや、良いんだよ。そこはもういい。。でだ、最初の『君は天才だ』という話に戻そう。


 これは腰を屈めて、チセちゃんに目線を合わせて語り掛ける。


「チセちゃんのその天才っぷりは、多分天賦のものだ。いいか。最初も言った通り、これは褒めてるわけじゃない。君は天才で、天才だから、。君は多分悪気なく誰かを致命的に傷つけるし、その事実は君をも傷つけ、孤独にする」


「え、な、え……?」


「分かるかな。俺たちは『天才ばけもの』なんだよ。生まれながらに、俺はちょっと事情が違うが、君みたいなのを始めとした『俺たち』の多くは、それに自覚的に生きなきゃならない。ゴブリンを初見で無傷で殺せるのは、そういう手合いなんだ」


 特にチセちゃん。俺は語り掛ける。


「モンスターを生きたまま『解体』できる奴なんか、俺はRDAプレイヤーを多く知ってるが、君以外に一人も知らない。異常だよ。。俺みたいに壊れたタイプとはまた全然違う。多分君は、そういう風に最適化されてる」


 そう。今の対ゴブリンで分かったことは多い。


 例えば一つ分かるのは、恐らくチセちゃんは、空想魔法らしき、よく分からない何かを行使して戦っていた、ということだ。


 ザコのゴブリンとて、攻撃されれば抵抗する。だがゴブリンは、チセちゃんに攻撃をしなかった。というか、抵抗もろくに出来ていなかった。逃げようとしてもまともにいかず、まな板の鯉のように解体された。


 つまりゴブリンから、何故か敵対視されていなかった、ということだ。あり得ない現象である。そしてあり得ない現象だからこそ、それが空想魔法だろう、と俺は当たりをつけたのだ。


 この様子なら、チセちゃんに自覚はないだろう。しかし空想魔法の使い手には、往々にしてこういう事が起こりうる。子供の魔法とはそういうことだ。無意識下ですら発動する、生々しいむき出しの才能がゆえに。


 そんな空想魔法に追加して、チセちゃんは生物を殺すことに、何故か躊躇いを持たない。教育によるものか、はたまた天性のものか。分からないが、そのメンタリティは社会には受け入れがたく、俺たちには受け入れやすい。


 そう言った様々な面を考慮して、俺は『天才ばけもの』と表現した。それをして、チセちゃんはおどおどした様子で手を挙げる。


「え、えと、あの……」


 チセちゃんは唾を飲み下し、問うた。


「それはつまり、私は、コメオさんの仲間になれる、みたいな話で大丈夫ですか? お母さんが言うみたいに友達と仲良くしろっていうのは、しなくてよくて。つまりその、学校の、あんまり楽しくない友達に合わせる必要なんかないっていう、そういう話ですか?」


 俺は、その言葉を聞いてにやっと笑ってしまう。


「いいや、そういう話には合わせろ。この社会を回してるのは、そういう普通の人たちだ。だから、形だけ合わせる振りが出来るようになっておいた方がいい。だが、本質的に分かり合えないから、そこは。君の気持ちは、本性は、俺たちにしか分からない」


 その言葉を聞いて、チセちゃんはパァ、と表情を明るくした。そんな彼女の頭を撫でて、俺は言う。


「ひとまずは、船頭さんに謝ることだな。それが終わったら……どうするか。宿は取ってるんだよな?」


「あ、いえ。そんなにお金なくて、今日はコメオさんに会うので温泉にあらかじめ入ってきたんですけど」


「……え、野宿?」


「はい。初めてでしたけど、少しワクワクしちゃいました」


「……危なくね?」


「何がですか?」


 ああ、この子大物だわ。そう思いながら、俺は「了解、ギンコにも紹介しよう。都合つけとくから、今日は俺たちのとこの宿に泊まりな……。ベッドは余ってたから」と俺は眉間を押さえた。「お泊り!? あ、よ、よろしくお願いします!」とチセちゃんは喜ぶ。

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