第36話 チセちゃん3
荒川部分の攻略は、RDAプレイヤー的な話をすると、以下に素早く川を上るか、みたいな話になってくる。
それは船が使えるならそれでもいいし、普通に川の傍をひた走ってもいい。川の傍を走れば森のモンスターが出るし、川を進めば川のモンスターが出る。それだけだ。
中ボス的に俺たちを飲み込んだ大蛙が出てくる場合もあるが、さして強くないし、レギュ次第では倒す必要がない。
俺は多分、「クリアできれば他の要素はなにも気にしなくて良いよレギュ」ことany%で走るので、爆発熊だけ最速で倒す、みたいな風になる予定だ。
だから何となく観光ついでのニュアンスで来たし、実際さして興味をそそられるギミックなどがあったわけでもなかったので、俺はチセちゃんを連れて、足早にダンジョンから脱出した。ギンコにも伝えていた、徒歩で入れるもう一つの入り口からだ。
「おお、出てきたか。……して、その小娘は?」
「チセちゃん。俺のファンで、今しがた弟子になった。今日はこの子部屋に泊めるからそのつもりでよろしく」
「なぬ? いきなり何を言うておるか」
「え、あ、えっと、よろしくお願いします!」
「……ほ、本当なのか? どういうことじゃ?」
「チセちゃんはこのまま少し歩くとライン下りの船着き場があるから、謝りに行ってきな。俺はギンコに説明しておく」
「あ……、は、はい。い、行ってきます」
たたたた……、と走っていくチセちゃんを見送りつつ、俺はギンコに目を向ける。ギンコは俺の真下に来て、じっと恨めしい目で俺を見上げている。
「……宣言通り、説明してもらおうか」
「天才だった」
「何を言っておる」
「ギンコ」
俺は、真正面から、真顔で彼女に語り掛ける。
「あの子は、天才だった。俺みたいに地獄の中で放置されて天才にならざるを得なかったのとはまた別で、生まれた時から天才だった。それを自覚してなかったから自覚させたし、放置したら不幸になるから育てることにした。お前が俺にしてくれたことと同じだ」
「……することは同じじゃが、本質的には全く別じゃ、バカモノ」
「えっ? どういうことだ?」
「何でもない。状況は理解した。あの小娘の宿は?」
「野宿だってさ。じゃなきゃ泊まらせるなんて言わねぇよ」
「それを早く言え! 野宿! あの年ごろの女子がか!? 分かった、了解した。あとは宿の都合と……親への連絡じゃな」
「連絡しないで匿ったら誘拐扱いになるもんな。ちゃんと連絡入れねぇと」
それで俺たち痛い目見たしな。と〆ると、ギンコは自然と嫌な顔。俺も思い出さなくていいことを思い出して、眉間のあたりにしわが寄る。
考えがまとまったのか、ギンコは言った。
「コメオ、お前は宿の都合を頼むぞ。儂はご両親に連絡を入れる。小娘! そなたの家の電話番号を教えよ」
しっかり怒られてきたらしく、トボトボ返ってきたチセちゃん。そんな彼女を呼びよせ、ギンコはそのように質問する。
「えっ? あ、はい。……何でですか?」
「連絡を入れるために決まっておろう」
「だっ、ダメですよ! せっかくコメオさんに鍛えてもらえることになったのに、連れ戻されちゃいます!」
うーん、学生特有の浅慮。
「チセちゃん。連れ戻されて何の問題があるんだ? VR使えばいつだって会えるだろ? つーかそうしないと俺たちは揃って誘拐犯だ」
「えっ、あ、え、で、でも……」
「そなたは怒られるのが嫌なのか? だがな、そうしない方がよほど怒られるぞ。儂らもな。儂らを怒るのは警察という事になるが」
「……」
「ちなみにご両親の連絡先をチセちゃんが教えてくれなかったらどうなると思う?」
「え……どうなるんですか?」
「警察に通報して保護を委任して、という形になるから、今日のお泊りはもちろん無しになるし、状況はもっとこじれる」
「……」
「「……」」
「今から、親の連絡先を送ります……」
はい勝ち。高校生が大学生に学力以外で勝てるわけないだろ!
というかアレか。型から外れた生き方ってのは、外れちゃならないラインを外れてない人たちより意識して生きなきゃならないんだぞ、っていうのは今度教えてやらなきゃならんのか。
例えば税金とか。雀の涙の稼ぎに税金掛けるのやめてくれ。ベーシックインカムだけくれ。金は金持ちから取ってってくれ。
それはさておき。
「これ、家の電話番号です……」
メモにかかれた番号に目を通し、ギンコが指輪型の携帯デバイスことEVフォンからホログラムを立ち上げた。メモの番号を指でなぞって転写し、電話を掛ける。
「もしもし、チセさんのご両親でしょうか」
「あれ、さっきまでの古風な話し方じゃない……」
チセちゃんがぽかんとしてギンコを見ている。俺はその耳元で、ぼそっと囁く。
「大人はな、普段子供以上にはしゃぐ代わりに、締めるところはちゃんと締められるんだよ。ギンコもいつもはのじゃロリだけど、年食ってるだけあってこういうときは頼もしいぞ」
「褒めてるのかいつもの年齢いじりなのか分からんのやめよ」
マイク部分を押さえてじろと睨んでくるギンコ、俺はお口にチャックのジャスチャーをしてから、電話のやり取りに集中するように手で示す。
「お世話になっております。私は諸事情ございまして、チセさんを保護している者です。本日はチセさんが家出中とのことを知りまして、ご両親にご連絡差し上げて次第で……」
「う、うう……帰ったら怒られるのかなぁ……」
ギンコの余りの切り替えっぷりに、じわじわと現実感が湧いてきたのだろう。チセちゃんは憂鬱そうに、大きなため息を吐いた。俺はそれを見て「叱られるうちが華だぜ」と軽く笑いかける。
「そう……ですか? 叱られない方がよくないですか……?」
「叱られないってどういうことか分かるか?」
「叱られない、以外に、何かあるんですか?」
「叱られないっていうのは、関わってもらえないってことだ。言って理解してもらえると期待されないってことでもある。そうなるとさ、寂しいもんだよ」
「そう……ですか。私には、ちょっと難しいかな……あはは」
曖昧な愛想笑いで流すチセちゃんに、俺は肩を竦めておく。この辺りも大人になるまで分からないことか。むしろ、大人になっても分からない人は大勢いる。
「今日はひとまず保護ってことで今の俺たちの宿に泊まってもらう予定だけど、どうする? 何かしたいこととかってあるか?」
俺は話を逸らす意図でそう話しかけると、「あっ、じゃっ、じゃあ! お願いしたいことがあるんですが、良いですか……っ?」とすごい勢いで食いついてくる。
「うん、もちろん。とはいえ俺のキャパの範囲内でな? つっても分かんないだろうから、まずは言ってみ」
「あ、えっと、はい。その……昨日の配信で、あのクマちゃんを倒すにはどうすればいいのかなって私ずっと考えてて、その、……お、お力に慣れたら嬉しいなって、思いまして……」
ほう。
「戦略を一緒に練ってくれるってことか」
「あ、は、はい! で、でも、不必要ですよね……。コメオさんは有名なダンジョンでも世界一位取っていくつも保持し続けてるような人ですし、私みたいな素人の意見なんて……」
「いや、興味あるぜ、チセちゃんの戦略。さっきも言った通り、君才能あるし」
ちなみにどんな戦略? と質問すると、「えっと、ですね……」とチセちゃんはサイドテールをくるくる指でいじくりまわす。
「クマちゃんの爆発、コメオさんならパリィできるんじゃないのかなって……」
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